73:空の攻撃!
幸生はソワソワする孫に和みながらも、珍しくちゃんと色々考えた。
空が餅を沢山食べたいというのなら、それを用意するのが祖父である幸生の役割だ。
「和義……今日の道具は?」
「今日か? 俺は鎌だぜ」
「そうか。なら……斧にするか」
腰に付けた竹籠に入れっぱなしの道具を思い返し、幸生は頷く。
「珍しいな、お前が素手じゃねぇなんて」
「素手だといつもやり過ぎるからな……うっかり消し飛ばしたら、空が食べる餅が減る」
「お、おう……」
じじバカとしか言いようのない発言に、和義はちょっと引いた顔で頷いた。頷くだけに留めたのは、せっかく加減する気になってくれたのだから水を差さないようにと思った為だ。
幸生は今までに何度もヌシ退治に、それこそ毎年のように参加している。しかしやる気が出ず面倒くさがって加減を忘れ、うっかりやり過ぎてヌシの三分の一ほどを消し飛ばした年もあるのだ。紗雪が村を出て行った年だ。
その年は新年の餅が減ったと不評だったから、自ら加減してくれるというのなら有り難い話だった。
あとはもう一人の参加者と話をしなければ、と幸生が考えた時、行く先の人混みが割れて一人の老婆と若者が現れた。
「あ、良夫」
前を歩いていた大和が足を止め、老婆にぐいぐいと襟元を引っ張られている若者に声を掛けた。引っ張られている若者は、春の田植え部門の優勝者である伊山良夫だった。
田植えの時はやる気の無いTシャツ姿だった彼も、今日は黒が主体の着物に動きやすい袴、軽めの防具といった、ちょっとした戦にお呼ばれしても安心のスタイルだ。
「お待たせ、良夫。準備できた?」
「げっ、ヤマにい……!」
「大和さんおはようさん。待たせて悪かったねぇ」
大和を見て良夫は逃げ出したそうに顔を歪め、反対に老婆の方はにこやかな笑顔を見せる。
「おはようございます、トワさん。こちらこそ待たせてすみません。今集まったところです」
「そりゃ良かった。今日は良夫を頼むよ。ほら、頑張ってきな!」
トワさん、と呼ばれたのは良夫の祖母で、年の頃は八十近い。しかし腰も曲がらずシャキッとして、孫をぐいぐい引っ張ってくるパワフルな老婆だ。
良夫は丸まった背中をトワにバンと叩かれ、居並ぶ大和や幸生らを見てがっくりと肩を落とした。
「うう、なんで俺が……優勝する予定じゃ無かったのに……」
どうやら彼はそもそも田植えで優勝する気はなかったらしい。優勝候補がぎっくり腰などの理由で脱落してしまったのと、意外と自身も腕が上がっていたため図らずも優勝してしまったようだ。
「まだ言ってんのかい! せっかく優勝したんだからいい加減覚悟決めな! 若いのにだらしない!」
「ヤマにいはともかく、こんなアホみたいに強いじいさんたちに交じって戦えとか、ただの罰ゲームだろ! むしろ俺いらねぇだろ!?」
叫ぶように言った良夫に、空は内心でうんうんと頷いた。
田起しや田植えの様子を見る限り、幸生と和義は多分村の中でもぶっちぎって強いんじゃないかと思う。援護が必要かどうかも大いに怪しい気がする。
しかしそんな孫の主張に、トワは頷かなかった。
「バカだねアンタは。だったら尚更、このジジイ共が現役のうちに上手いこと利用して経験積まないでどうするんだい? 何したって死にゃしないようなのがいるんだから、素直に頭下げて盾でも囮でもやってもらえばいいんだよ!」
気持ちいいほどの正論だ。思惑を隠しもしない潔い言い分に、和義が思わず苦笑した。
「相変わらずトワさんは口が悪ぃな」
「アンタほどじゃないさね。それよりアンタたち、うちの孫を頼むよ!」
「……ああ」
幸生はトワに頷くと、手を伸ばして空を抱え、ゆっくりと肩から下ろした。空が下ろされると、フクちゃんもパタパタと羽ばたいて降りてくる。
空はフクちゃんを肩に乗せて雪乃の隣に並び、キラキラした目で幸生を見上げた。
「じぃじ、がんばって!」
「うむ」
幸生の体から謎オーラが一瞬立ちこめる。孫パワーでやる気は十分のようだ。
幸生は少し空から離れると腰の籠の蓋を開け、そこからにゅっと長い柄を引っ張り出した。物理的にちょっとおかしい感じで出てきたのは大きな片刃の斧だった。軽く指で触れて刃の調子を確かめ、一つ頷くと和義や大和らの顔を見回して口を開いた。
「俺が前に出る」
その言葉に、和義も頷く。
「じゃあ危ねぇから、俺は距離を空けて側面でも刈るか。そうすっと、大和は後ろ、良夫は適当で」
「任せてください」
「いや、適当って!?」
至極いい加減なその指示に良夫が頭を抱えたが、幸生は首を横に振った。
「いや、良夫には重要な役目を任せたい」
「それも遠慮したいんスけど!?」
良夫の言葉を無視して、幸生はヌシの上部を指さす。
「お前は遊撃だ。下を叩いて気を逸らしている間に、穂を落とせ」
今年のヌシは村の北に近い場所に出た。今いる大きな道の反対側は土手と川原だ。土手の上にも人がいるが、上手くやらないとヌシが飛ばした籾が川まで飛んでいって、無駄になる物が出る可能性が高い。
それ故に、先に穂ごと落とすことを幸生は提案したのだ。
だが、幸生は何でも無いことのように言ったが、穂の根元まではかなりの高さがある。抵抗してくる稲の攻撃をかいくぐり、登り切ってそれを成すにはそれなりの技量が要ることは一目瞭然だった。
「無茶ぶり来たし! いや、そんなの……」
「出来るだろう」
当たり前のように言い切られ、良夫はぐっと言葉に詰まった。
出来るか出来ないかで言えば、多分出来る。しかし自信があるわけではないのでしたくない、というのが良夫の本音だ。
悩んでいると、不意に足下にトン、と軽い何かがぶつかった。
不思議に思って下を見ると、そこには澄んだ目で見上げてくる幼児が一人。
「おにいちゃん、あんね、はるのたうえ、かっこよかった!」
「お、おう……?」
「ぴょんってとんで、しゅぱぱってするの、すごかったよ!」
「そうか……? ええと、ありがとな」
空は身振りを交えて一生懸命良夫がかっこよかったと主張した。真正面からこうも素直に褒められると、斜に構えたいお年頃の若者であっても悪い気はしない。
「あとね、ぼくいっとうだったんだよ! おにくありがとー!」
「え、俺に賭けてたのかよ……そりゃあ良かったなぁ」
「うん! おにいちゃん、いねかりも、がんばってね! ぼく、いっしょうけんめいおうえんするね!」
「ぐっ……う、うう……が、頑張る……」
幼児に輝くような笑顔で応援され、しばらく唸っていた良夫は、やがてがくりと頷いた。
自分の口に入る餅のためなら、空はあざとい攻撃も容易く使いこなしてみせる。
ヌシに向かって歩き出した四人の背に向かい、空は一生懸命手を振って見送った。
しかしその頭の中は、何味で餅を食べようか、ということで最早いっぱいだ。
「おぞうにと、のりとおしょうゆ! それから、あんこときなこ……あ、あとばたーと、なっとうも! それからそれから……」
「ふふ、空ったら気が早いわ。いくつ食べるの?」
「いっぱい! おもちは、のみもの!」
「……喉に詰まったら怖いから、飲まないでちょうだいね?」
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