64:夏の終わり
美味しいトウモロコシ狩りが終わった、その日の夜。
空は珍しく夕飯の後に幸生と雪乃と一緒に外に出かけた。目指す場所は村の中心、神社の前の広場だ。
夕暮れを少し過ぎ、暗くなりつつある道の脇には小さなろうそくが入った竹筒が間隔は開いているが点々と置かれ、足下を淡く照らしている。
空は幸生に肩車をして貰って、その小さな明かりが遠くまで続いている様を眺めていた。
今はほとんど見えないが道の両脇の田んぼに植えられている稲も、気付けば穂が生えそろい、ゆるゆると頭を垂れようとしている。
髪を揺らす風が時折ひやりとして、本当にもう秋が来るのだと空をまた少し寂しくさせた。
「じぃじ、じんじゃでなにするの?」
「……盆踊りと、花火だ」
「ぼんおどりと、はなび……おまつり?」
「そう、夏祭りね。子供たちの部は昼間のトウモロコシなのよ。踊りは、もうちょっと大きくなってからね」
「はぁい」
盆踊りという名の合コンかな、と空の前世の知識が頭の中で予測を出した。いらない知識だ。
神社の前の広場が近くなると賑やかなお囃子が聞こえてくる。
広場の真ん中に櫓が組まれ、提灯がそれを華やかに彩っている。
盆踊り自体はもっと早い時間からやっていたらしい。いくつもの屋台が出ていて、広場の端にはあちこちに敷物とテーブルがあって、踊らない大人達による宴会が賑やかに行われていた。
空達と同じように、今ちょうどここに来たらしい子供連れの家族もちらほらと見える。
お腹いっぱいなのに、屋台の焼きそばが気になって何となく眺めていると、不意に雪乃が空を呼んだ。
「ほら、始まるわよ」
「えっ」
慌てて夜空を見上げると、一筋の細い光が真っ直ぐ天に登って行くのが見えた。まるでサーチライトで下から照らしているかのような光だ。
音もなく高みに到達した白い線の先端をじっと見ていると、それは突然何の予告もなくパッと眩く光り弾けた。
「わっ」
それは花火というにはひどく静かな光の饗宴だった。
音もなく、ただ静かに夜空に次々と艶やかな華が開いた。
その華も空の知る花火のように重力に導かれたものではない。桜や牡丹、蓮やひまわりと、まるで夜空に幻を描くがごとく様々な花が咲いていく。
いや、実際に幻なのだろう。
「ばぁば……これ、まほう?」
「そうよ。光の魔法が得意な人達が、毎年こうして見せてくれるのよ」
火薬を使った花火のような派手な音も立てず、盆踊りのお囃子に合わせるように花が咲く。
梅がほころび、桜が散り、滝のように藤が垂れ下がり、牡丹が揺れる。
大きな蓮が空いっぱいに広がり、それを追い立てるようにひまわりが天を目指す。
子供たちはそれを見上げて笑い声を上げ、大人達は満足げに盃を交わし、輪になって踊る若い男女の顔には空の花にも負けない華やかな笑みがあった。
「……きれいだね」
「うむ」
「そうね。空……また来年も見に来ましょうね」
「うん!」
ひとしきり空を眺め、満足すると三人はゆっくりと家路についた。
夜空に咲く光の花が、三人の影をゆらゆらと揺らす。
(……この村は、夏の終わりも、すごく綺麗)
空は幸生の背中でうとうとと船をこぎながら、そんな事を思って笑みを浮かべた。
夢の入り口で、楽しかった夏の思い出を振り返る。
初めての田舎の夏は、空の憧れを遙かに超える楽しさと驚きに満ちていた。
また来年も、きっともっと新しい楽しい事と出会うだろう。
またいずれ来る夏と、すぐ次の秋を楽しみにしながら、空はゆっくりと夢の世界に出かけて行く。
「ぜひこの素晴らしい大吟醸の瓶を夜空に打ち上げたいのよ」
「嫌です」
「我と弥生の姿を写すのはどうかのう。仲の良い夫婦像のような感じでドーンと!」
「無理です!」
そんな一幕が遠くで繰り広げられていることを、幸いにも空は知らなかった。
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