63:接待プレイ

 密かに怯える空を他所に、畑に生えた謎の作物は手前の真ん中を四角く残して両脇とその向こうが綺麗に刈り取られた。更に奥の三分の二ほどはまだ手をつけない畑らしい。残された真ん中の畑は縦横二、三十メートル四方くらいだろうか。まだ大分広い。

 大人達は待っている子供たちを誘導して、角に当たる部分に五メートルくらいの距離を取って並ばせた。

「じゃあ、トウモロコシ狩りを始めるぞー! 四分の一くらいずつ火をつけるから、皆、適当に距離を取ってな! あんまり近づき過ぎちゃ駄目だぞ!」

 案内してくれているのは武志の父親だった。彼の指示に、子供たちは元気良くはーいと声を上げる。

「良し、じゃあ行くぞ。点火係、よろしく!」

(……点火? 燃やしちゃうの?)

 一体何が始まるのかと空がドキドキしながら見守っていると、何人かの大人が畑に近づき、魔法で幾つもの火の玉を浮かべる。そしてそれをトゲトゲの玉の下の方に近づけた。

 玉の下にはまるで導火線のように一枚だけ下向きに葉が生えている。火の玉が近づくと、ポッとその葉が燃え上がった。

 ジジジジジ……と音を立てて葉がみるみる燃えてゆき、葉を伝って上に向かった炎が緑の玉の下で姿を消す。するとそれを見守っていた空に、雪乃が声を掛けた。

「空。網をこうして真っ直ぐ立てて、その下にしゃがんでしっかり持ってね」

 空は疑問を感じながらも言われたとおり網の柄を地面に垂直に立て、それを後ろからしっかり抱え込むようにしてしゃがみ込む。

 そして顔を上げた次の瞬間、スパパパパパパン!! と爆竹に火が付いたような派手な音が響いた。

「ぴえっ!?」

 空はその音にビックリして身を縮めた。しかし周りにいた子供たちはその音に合わせてパッと散り、ヒュンヒュンと飛んでくる何かに向かって次々に網を振る。

「ていっ! えいっ!」

「やあっ!」

 辺りはたちまちパンパンと何かが爆ぜる音、爆ぜた何かが飛んでくるらしきヒューヒューというような音、そして大喜びで網を振るう子供たちの歓声で騒然となった。

「な、なに……っわ!」

 ズバン! と空が持った網に突然何かが飛び込み、空は驚いて首をすくめた。

 次いでボスッと空の頭にその網が軽く当たる。慌てて顔を上げればそこには緑色の砲弾のような何か――トウモロコシが一つ入り込んでいた。

「と、とうもろこし……!?」

 それは確かに空の知っている、緑の皮に包まれたトウモロコシだった。よく目を凝らして畑を見れば、火をつけられたトゲの玉はしばらくするとパパパパンと弾け、そのトゲの一つ一つだった物を四方八方にまき散らしている。そしてそのトゲこそが、トウモロコシの鞘であるらしい。

「ほら、空行くわよ。網をしっかり持っててね」

 側を飛んでいこうとした鞘を、雪乃が魔法で軽く押し、空の構える網に入るよう軌道を変える。

 空を挟んでその反対側の少し手前に立つ幸生はもっと直接的に、飛んで来た鞘を手でパンと弾いて空の網に飛ばしていた。

 空に当たりそうな軌道で飛んでくるものは、何といつの間にか空の前にすっくと立ったフクちゃんが飛び上がって下から鋭く突き、トスでもするように空の網に誘導している。

 はっきり言って空はボスボスと音を立てる網の柄を握って、呆然と座っているだけだ。

 しかも勢いの割には感じる衝撃が少ないなと不思議に思って足下を見ると、地面についた網の柄の下半分ほどが、いつの間にか土に覆われてがっちりと補強されている。

 空は顔を上げて幸生を見たが、幸生は空の方を不自然なまでに見なかった。


(僕……これ、知ってる。これは接待プレイ……接待プレイって奴だ!)

 どこか的外れで間違っていることをぼんやりと考えているのは、多分現実逃避だろう。

 周りを見回せば、空と同じくらいやそれよりも小さい子どもたちはもっと後ろの方に立っていて、前にいる子供たちの間を抜けて落ちてきたトウモロコシを自分で拾ったりしている。

 多分空が交じるべきはあっちだった気がする。親や祖父母に手伝って貰っている子ももちろんいるが、流石にこれは少し大人げない気がした。

 空はあちこち見回し、自分も拾う方に交じると言おうかどうしようか迷った。

 しかし網に収まったトウモロコシからふわりふわりと甘い匂いが漂い、それを嗅いでいるうちにその考えが食欲にぐいぐい押されて消えて行く。

(トウモロコシ良い匂い……じぃじとばぁばも一応加減してるみたいだし、まだまだいっぱいあるし……良し!)

 空に出来る事は、時々隙を見て網を下から持ち上げ、たまったトウモロコシを地面に落とすことだけだった。



「おいしいぃ……」

 じゃくっと思い切りトウモロコシに齧り付いた空は、そう言ってふにゃりと顔を綻ばせた。

 子供たちのトウモロコシ狩りもすっかり終わり、棒が残るのみとなった畑。その棒に幕を引っ掛けて日よけを作り、その下に敷物を敷いて、参加した皆で採れたてのトウモロコシを早速味見しているのだ。

 採ったトウモロコシは何故かもうホカホカと火が通り、皮を剥くとパンパンにふくらんだ艶やかな黄色い粒が顔を出した。塩をかけて貰うだけで、甘くて香りが良くて、いくらでも食べられそうなほど美味しい。

 空は大きなトウモロコシを両手で持って、じゃくじゃくと勢いよく食べた。リスのようにパンパンにふくらんだほっぺたに、黄色い粒を点々とつけているが気にしている暇はない。時折ぽろぽろと下に落ちる欠片はフクちゃんが楽しそうについばんでいる。

「もうホカホカなの、ふしぎ……」

「そう? でも美味しいでしょう」

「うん!」

 そう言われると、美味しいなら全てがどうでも良くなる気がする。美味しいは正義だ。

 簡単に食べられて美味しいなんてトウモロコシは正義のヒーローなのかもしれない。

 そんな事を考えつつ食べているとあっという間にトウモロコシは芯だけに変わった。

 空の隣では明良と結衣も同じように自分で採ったトウモロコシに嬉しそうに齧り付いている。

「空、お代わりする?」

「うん!」

「何本食べる?」

 山と積まれたトウモロコシをリュックにしまっていた雪乃がそう問いかける。

 空はその難しい問いに真剣に悩んだ。

「に、さん……ご……うーん」

「そら、いつもすごいたべるなぁ」

「わたし、もういっぽんでいい!」

「俺は全部で三本かなー」

「みんな……しょうしょくなんだね」

 空がそう言うと皆は首を横に振った。

 とりあえずもう一本、皮を剥いたトウモロコシに塩を振って貰って齧り付き、空はハッと目を見開いた。

「ばぁば、ぼく、これと、もういっぽんにする!」

「あら、そんなで足りる?」

「たりないぶんは、おうちかえって、おしょうゆぬってちょっとあぶってもらう!」

 醤油味も絶対美味しい。空はそれを知っている。

 蒸したてみたいな今の状態に塩も文句なく美味しいが、味変も絶対やりたい。空は美味しい物を美味しく食べる事に妥協はしないのだ。

「あら……それも美味しそうね。じゃあ他に何かしたい食べ方ある?」

「んーと、あ、あれ! まぜごはん! あと、バターとおしょうゆいため! それからつぶしてすーぷにしたのと、あと……あ、てんぷら? かきあげ? っていうのもおいしいんじゃない!?」

 空が目をキラキラさせて次々に提案すると、周りの子供たちも大人達も何となく顔を見合わせた。

「まぜごはん、おれもたべたい!」

「わたしも!」

「俺バターとしょうゆが気になる」

 子供たちが自分の母親に強請ると、親たちも気になるらしく頷き合った。

「聞いてるだけでどれも美味しそうね」

「そうね……うちもやろうかしら」

「どんな味が合うかしらね? 空くんの言うとおりバターとお醤油?」

「色々やってみるのも楽しそうね」

 実は村ではトウモロコシはあまり色々な料理にされてはいなかった。

 子供たちと採った分は大抵このまま塩で食べてしまうし、後から分配される生の物も茹でて食べる事が一番多い。残った分は水煮にして瓶詰めされ保存されるが、それだってちょっとしたサラダや炒め物の彩りくらいにしかされていなかった。

 村で育ててはいるがあまり主要な作物ではなく、大半が鶏などの冬場の飼料用で、食用分は夏場のちょっとしたおやつ的な位置づけだったのだ。

「じゃあ、全部やってみましょうね。ばぁばも何か新しい料理考えちゃおうかしら」

「うん! ばぁばのおりょうり、たのしみ!」

「がんばるわね。それにしても、空は美味しく食べる才能があるわねぇ」

「えへへ……」

 空はそんな料理をどこで憶えたのかと突っ込まれなかったことに内心安堵しつつ、ニコニコとトウモロコシを囓った。

 たまには前世の記憶も役に立つ、とちょっとだけ嬉しくなった日だった。


 この後、村では空前のトウモロコシ料理ブームがおき、来年の作付けを倍にすることが決定した。

 それを聞いた空の感想は。


(じゃあ来年は、倍食べても許されるってことだよね!?)

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