60:丸い生き物
ピッ、ピッ、ピッ、と何か規則正しい音が聞こえている。
空は夢うつつにそれを聞いていた。
ピッ、ピッ、ピッ、とただ繰り返されるその音は、何だか聞き覚えのない不思議なものだった。
(音……何だろう……)
心電図とかだったら嫌だなぁと夢の中で小さく呟く。目が覚めたら今までの事が全部夢で、病院で機械に繋がれていたらどうしよう。
そんな事をゆらゆらと思いながら、空の意識が少しずつ浮上する。
ピッ、ピッ、ピッ、ピヨッ、と音は続く。
(ピ……ピヨ?)
変な音が混じったことを疑問に感じた空は重い瞼をこじ開け、その音の正体を確かめようとゆっくりと目を開けた。
ピッ、ピッ……ピピピピピ!
空が目を開けると、音がさらに変化した。ぼやける視界に何度か瞬きを繰り返し、音がした方に慎重に視線を向ける。
音がしているのは、空の胸の上からで――
(何これ……何か丸いものが……?)
――空は音の正体とおぼしき何かをすぐ側に見つけ、目を見開いた。
胸の上に、何か小さい丸い物が乗っている。白くて丸い体と丸い頭、黒い瞳に、細いくちばし。
「……とり?」
「ピッ!」
鳴いた。
どうやら夢の中で聞いた音はこの鳥の鳴き声だったらしい。
鳥は空が目を覚ました事が嬉しいのか、鳴き声がピロロ、ピロロロ、とどこか軽快な調子に変わった。
空はタオルケットの中から手を出し、その鳥にそっと伸ばした。鳥は逃げずに、空の小さな手の中にすっぽりと……おさまらず少し余る。
「さわれる……あったかい。ゆめ、じゃない?」
空は鳥の羽にちょっとだけ指を突っ込み、ふかふかとした感触を確かめた。大きさは空の小さな手では包みきれないくらい。フォルムは全体的にちょっとずんぐりとして、空の知る文鳥や雀のような見たことのある鳥とは少し違う。
じっと見ていると鳥は空の顔を覗き込むようににゅっと首を伸ばした。伸ばしてみるとその首は意外と細くて長い。
「なんだろ……うずらっぽい? でも、へんなとり」
「ホピッ!?」
空が感想を呟くと、途端に抗議するようなおかしな鳴き声が上がった。
その声にくすりと笑って手を放し、空はうんしょと起き上がった。鳥は慌てて飛び降りる。
起こしてみると体は重く、動きが鈍い。具合が悪かった以前を思い出すような重たさだ。
だるさを我慢して辺りを見回せば、そこは毎日寝起きしている米田家の寝室だった。
「おうち……ばぁば……ヤナちゃん?」
小さく呟くと、遠くからだだだだだっと音が聞こえてくる。
次いでスパンッと勢いよく障子戸が開き、ヤナが飛び込んできた。
「空! 目が覚めたか!」
「起きたの!? 空!」
部屋に転がり込んだヤナを追うように雪乃も息せき切って現れた。
「空、どこか痛いとこは? 苦しいとこはない?」
「んと……だるいけど、へいき」
「良かった、空……」
空の返事を聞いた雪乃は深いため息を吐いて布団の脇に座り込んだ。ヤナもホッとした顔で空の頭を何度も撫でる。それだけで、二人がどれだけ心配してくれたのかが空にもよく分かった。開け放たれた入り口を見れば、その向こうの廊下に大きな体がちらちらと見えている。
「目が覚めて良かったぞ。大事無いことはわかっていたが、それでも皆心配しておったのだぞ」
「ぼく、どうしたの?」
「多分だけど、魔力が急に減ったのと怖かったので気を失ったの。それで昨日からずっと寝てたのよ。空、昨日の事どこまで憶えてる?」
雪乃にそう問われて空は首を傾げて考えた。
「えと……カブトムシとそらとんで、めがまわって、そんで……ここがあつくなった? あとはわかんない」
空が思い出しながら胸に手を当てて答えると、ヤナがうんうんと頷いて、側にいた小さな鳥を片手でむんずと捕まえて空の膝に乗せた。
「ピキョッ!?」
捕まえられた鳥が高い声を上げる。鳥に視線を落とすと、真っ白だと思っていた小さな体には、違う色が少しだけ入っている事に空は気がついた。
頭の天辺にひょこんと飛び出た一枚の飾り羽と、体の両脇の少し後ろ、風切り羽の辺りに少しだけ空色が混じっている。空はその色合いに何となく、自分が胸に下げていたお守り袋のことを思い出した。胸に手をやると何の感触もなく、そこに袋は下がっていないようだった。
「空。この鳥は、空が大切に持っていた守り石から孵ったのだ。胸が熱くなって、魔力が急に減ったのは多分そのせいだ。これは空の守護者……いや、守護鳥? まぁ、そんなものになったのだぞ」
「この鳥がカブトムシに攫われた空を助けてくれたんですって。武志くん達がそう言ってたわ」
「そうなんだ……ぼくのいし……とりになっちゃった?」
「ピッ!」
返事をしたのは当の鳥だった。胸を張るようにぐっと反らし、心なしか誇らしげに見える。
空は明良達を真似て一番好きな空色の身化石を春からずっと持っていたけれど、まさか本当にそれが孵って側にいてくれる子になるとは実はちっとも期待していなかった。
この小さな体でどうやって空を助けてくれたのか想像も付かないが、けれど皆がそう言うなら本当なのだろう。空は自分の窮地を救ってくれた小さな体を指先でそっと撫でた。
「とりさん、たすけてくれて、どうもありがとう!」
「ピッピ!」
空がそう言うと、鳥は嬉しそうに羽を広げてパタパタと羽ばたいた。
「本当に、肝を冷やしたぞ。武志が集会所に駆け込んできて、空がカブトムシに攫われて、高いところから落ちて気を失ったと言うから大騒ぎだった。結衣も明良も大泣きしておるし……」
「あっ、ユイちゃん、けがしてた! ユイちゃんは!?」
慌てて聞くと、ヤナは大丈夫と頷いた。
「ちょっとあちこち擦りむいたのと、軽い打ち身を作ったくらいだ。結衣も一応身体強化は憶えておったそうで、ひどい怪我はしておらぬ。結衣はずっと空の事を心配しておったぞ」
「ユイちゃん、ぼくのことたすけようとしてくれたの……」
「空が目を覚ましたってすぐ伝えておくわ。あとでお礼をしましょうね」
「うん!」
元気よく返事をしたところで、空のお腹からもぐぐぅ~と大きな音が鳴る。
「あら、大変。さ、魔力が足りなくてだるいかもしれないけど、頑張って起きてちょうだいな。今美味しいご飯沢山用意するからね!」
「ごはん! おきる!」
空は体のだるさを忘れたかのようにすっくと立ち上がった。膝の上に乗っていた小鳥がピチチチ! と慌てたように鳴きながら転がり落ちる。
「あっ、ごめんとりさん!」
空は慌てて鳥を手のひらにすくい上げて持ち上げた。
「あとでその鳥さんにも名前をつけてあげなくちゃね」
「なまえ……このこ、もうずっとぼくといっしょなの?」
「その辺は色々だの。一時的に側にいるものもいれば、ずっと付いているものもおる。それの性質によるのだが……」
「その辺は、アオギリ様や神主さんが詳しいから、今度聞きに行きましょう。さ、今はご飯よ。とりあえず寝間着のままでいいわよ」
「うん!」
空は鳥を持ったまま台所に向かって歩き出した。空が動くと小鳥の首がひょこ、ひょこ、と定期的に前後に揺れる。
動きに対してできるだけ首をその場に留めようとしてしまう鳥の習性らしい。
その面白い動きを眺めながら、空は台所へと真っ直ぐ向かった。
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