56:突然の乱入者

「はーい! だれだろ?」


 声に顔を上げた明良が返事をして立ち上がる。しかし部屋を出る前にどたどたと家に上がり込む音がした。

「おじゃましまーす! あ、アキラいた!」

「あれ、ユウマ。どしたの?」

 居間の戸口から顔を出したのは明良と同じくらいの背丈の男の子だった。少しきつめの顔立ちに短い髪をして、気が強くて元気が良さそうな雰囲気をしている。

 そのユウマと呼ばれた彼は、どうしてここにいるのかという明良の問いかけにぷくりと頬を膨らませた。

「どしたのじゃねーよ! なんでアキラ、ムシとりきてないんだよ!」

「えー?」

「タケちゃんがくるっていうから、ぜったいアキラもくるとおもったのに!」

 不機嫌そうに畳の上で足踏みする見知らぬ少年に空がポカンとしていると、横にいた結衣がくすりと笑う。そちらを見ると視線が合い、結衣はちょっとわざとらしいため息を吐いて見せた。

「ユウマくんて、ほいくえんのともだちなの。みなみちくの子で、アキちゃんとなかがいいんだけど……ちょっとこどもなのよね!」

 大人ぶりたい年頃の女の子らしい結衣の言葉に、空はなるほどと頷いた。


「ムシとり……でもきょうやるって、さっききいたばっかだもん。おれいくっていってないし」

「でもまえに、こんどいっしょにカブトムシとろーなってやくそくしたろ!?」

 怒る友達を前に、明良は困ったように眉を寄せる。

「こんどって、すぐじゃないだろ? おれ、えんのともだちだけでムシとりいくの、ろくさいからってじーちゃんにいわれてるし」

「オレもうろくさいになったもん! タケちゃんたちもいるんだし、いっしょにくればいーじゃん!」

 明良は頷かないが、勇馬もなかなか引き下がらなかった。

 この辺りの保育園は、夏冬は長めの休みをとることになっている。

 地区が違うと家も離れているし川遊びの日も違うので、保育園が休みだとなかなか会う機会がないのだ。

 更に明良くらいの年頃だと、まだ大人や年上の子供の付き添いなしに出歩いてはいけないと言われている。明良が隣の米田家に遊びに来るくらいは許されているが、行動範囲はせいぜいそのくらいだ。

 その為に休みの間中一番の友達に会えず、勇馬はずっと不満を溜めていた。


「きょうはおれ、そらやゆいとあそんでるんだ。カブトムシはまたこんどな」

 明良がそう言うと、勇馬はそこに自分達以外がいることに初めて気付いたような顔で振り向いた。

 保育園で馴染みの結衣の顔を見て、それから初めて見る空に視線を向けて、ぎゅっと顔をしかめる。

「なんでだよ! こんなチビとあそんだって、ぜんぜんつまんねーじゃん!」

 急に理不尽な怒りの矛先を向けられて、空はビックリして固まってしまった。それをどうとったのか、勇馬は言い返しもしない空を鼻で笑った。

「チビのこもりなんかしてないで、オレとあそべよ!」

 その言葉に今度は明良がムッと口を尖らせる。

「チビなんていうなよ! そらは、おれのおとうとみたいなもんなんだぞ!」

「おとうとなんてじゃまなだけじゃん! こんなのいたらなんにもできないだろ!?」

 病弱で兄弟達とも喧嘩をしたことがなかった空は、段々険悪になっていく二人にどうしたら良いのかわからず、おろおろと皆の顔を見回す。

 すると今度は結衣が立ち上がって、空を守るように前に立ち、勇馬を睨み付けた。

「そらちゃんにあたるのやめてよ! アキちゃんはいかないっていってるじゃない!」

「おんなはだまってろよ! おんななんて、カブトムシもとりにいかないよわむしなんだから!」

 腹を立てた勇馬が手を振って結衣を遠ざけようとするのを、その腕を掴んだ明良が止めた。

「やめろよ、ユウマ!」

「……なんだよ! おんなとかチビとかとあそんでたら、アキラまでよわむしになるんだからな! やくそくしたのに……よわむし!」

「アキちゃんはよわむしじゃないもん!」

 その言葉に声を上げたのは、空だった。

 空にはもちろん、勇馬が駄々をこねている理由がわかっている。休みのせいで大事な友達と全然会えなくて、今日は会えると思ったのに来ていなくて、ただ寂しかっただけなのだと。

 それでも、誘い方ってものがあると思うし、言って良いことと悪いこともある。ただの子供の癇癪だとしても、今の言葉は空にとっては我慢出来なかった。

「なんだよ、チビ!」

「アキちゃんはよわむしじゃない! ユイちゃんだって! やさしくて、つよいもん!」

 勇馬が明良と友達だとしても、空にとっても明良は初めての友達だ。

 いつだって空の手を引いてくれる明良や結衣の優しさを否定されるのは許せない。

 田舎の当たり前を全然知らない空に嫌な顔一つせず、いつだって一生懸命色んな事を教えてくれる大事な友達なのだ。

「ムシとりにいかないなんて、よわむしだろ! おまえだって、よわむしだからいかないんだろ!」

「ぼくだって、よわむしじゃないもん!」

 完全に売り言葉に買い言葉だが、もう後には引けない。

 勇馬が意地悪そうに笑ったが、空は負けじとその顔をキッと睨み付けた。

「じゃあカブトムシとりにいくのかよ?」

「いく!」

「そら!」

「そらちゃん!」

「いったな! よし、じゃあいこーぜ!」

 明良と結衣が慌てて止めるが、空は二人を見上げて首を横に振った。

「みにいくだけ! どうぐもないし。あと、タケちゃんたちもいるんだよね?」

「そうだけど……わかったよ、じゃあ、いっしょにいく」

「わたしも! ユウマくんがいじわるしないか、みはらないとね!」

「なんだよ! こんなチビにいじわるなんかしねーよ!」

 いや、今のやり取りは結構いじわるだった、と空は内心で思ったが、口には出さなかった。見上げた勇馬の顔が不機嫌を装いつつ嬉しそうだったからだ。

 友達と出かけられるというだけでわかりやすく機嫌が上向く、子供らしいその気持ちは空にもわかる。

 このところ明良がよく遊びに来てくれるので空はしょっちゅう一緒にいたが、勇馬にとっても明良は大事な友達なのだろう。

 空はいじわるなことを言われてむくれていたが、それでも一緒に虫取りを見に行くくらいなら構わない。

 いや、本音を言えばとても構うし、全然行きたくないが、それでもここはちょっとだけ根性を見せるべき場面だと覚悟を決める。

(遠くから見るだけなら……多分大丈夫!)

 心配そうな顔で立っている明良の手をぎゅっと握って、空は玄関へと足を向けた。

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