55:友達の家

「ほら、子供たち。麦茶でもどうだ」

「あ、ヤナちゃんありがとー!」

「ありがとー!」

「いただきまーす!」

 しょげている明良を二人で宥めていると、ヤナが麦茶と十時のおやつを出してくれた。

 お礼を言ってそれぞれが受け取り、早速麦茶に口をつけた。

「ぷはー、おいしい!」

 今日も暑いので冷たい麦茶のコップはあっという間に空になる。

 この田舎ではジュースや炭酸飲料のような飲み物は出てこないが、空はもうすっかりそれに慣れた。むしろ水が良いせいか、麦茶の方がさっぱりして美味しいと感じている。

「さ、こっちもどうぞ。雪乃のお手製だぞ」

 そう言って差し出された今日のおやつは水まんじゅうだった。空の分だけ大皿で、皿の上には大きな水まんじゅうが三つ載っている。

 ヤナから慎重に皿を受け取ると、ぷるぷるつるつると逃げるそれをスプーンで一生懸命追いかけて口に運ぶ。空はその食感と優しい甘さにふにゃりと顔を綻ばせた。

「これぷるぷるしてて、すきだな-」

「ゆきのおばちゃんのおかし、おいしいよね!」

 子供たちの素直な感想にヤナも我が事のように嬉しそうに頷いた。

「雪乃は料理好きだからの……ん、何か来たな」

 不意にヤナがそう言って顔を窓の外に向けた。

 子供たちも釣られてそちらを見る。最初は何も見えなかったが、じっと待っていると窓の外の塀の向こうからふわりと風が吹き、その風に乗って葉っぱが一枚ひらりと飛んで来たのに気がついた。

 不自然に家の中まで飛んで来たそれを、ヤナは手を伸ばしてひょいと捕まえる。それから指先でくるりと回して一つ頷き、自分の額にそっと当てた。


「おや……雪乃が忘れ物をしたようだ。さて、どうするかな」

 雪乃は朝から町内の婦人会の集まりで集会所に出かけている。

 今日は夏野菜の加工などをしているはずだが、葉っぱによってヤナの元に届けられたのは、必要な荷物を忘れたので持ってきて欲しいという伝言だった。

 ヤナはそれに少し悩んだ。

 幸生も少し出てくると言って子供たちが来る前に出かけてしまって、今は家にいないのだ。集会所はそう遠くないのだが、子供だけを置いて出かけるのも少し気が引ける。

 しばらく考え、それならいっそ全員連れて出るかと思いつく。

「子供たち、雪乃に届け物を頼まれたのだが、ちと集会所まで一緒に行ってくれぬかの?」

 子供たちに問いかけると、三人は顔を見合わせた。そして明良がパッと手を挙げる。

「ね、じゃあおれんちまでみんなでいきたい! そんで、おれのおまもりいし、みんなにみせたい!」

「明良の家で留守番しているということかの?」

「うん! おれんちならウメちゃんもいるし、おれのおもちゃもあるし、みんなであそべるよ!」

「うめちゃん?」

「おれんちのいえもりだよ。ヤナちゃんみたいなの!」

 明良の言葉に空は目を丸くした。明良の家には一緒に遊びに行く時によく立ち寄るが、まだ玄関までしか入ったことがない。矢田家も守り神のいる家だとは知らなかった。

「アキちゃんちにもいるんだ……」

「うん。でもウメちゃんはふだんはねてるんだ。いえはまもってくれるけど、めったにでてこないよ」

「ウメは年寄りだし、面倒くさがりなのだぞ。まぁ、そう長い時間ではないしそれも良いか。空と結衣もそれで良いか?」

「うん! アキちゃんちいってみたい!」

「わたしもいーよ!」

「ならば出かけようかの」

 わーい、と喜ぶ子供たちに微笑み、ヤナは皿やコップをまとめて立ち上がった。食器を流しに置き、雪乃がテーブルに置き忘れた風呂敷包みを手に、子供たちを外へと促す。

 空の草鞋の紐を結んでやり、明良と結衣が靴を履いたのを確かめ、ヤナは子供たちを連れて外に出た。

 明良も結衣も元気が良く、少し走ったかと思うとまた戻ってきたりと忙しない。子供特有のその動きをヤナは可笑しく思いながらも、離れすぎないように気をつけながら矢田家へと向かう。


「ただいまー!」

 お隣の矢田家にはすぐに着いた。

 明良が元気よく玄関を開けて靴を脱ぎ捨てる。

「あがって! ここでまってて、いまおまもりもってくる!」

 皆を手招きしながら居間へと続く障子戸を開け放ち、明良がパタパタと奥へ駆けて行く。

 結衣は勝手知ったるとばかりにさっさと靴を脱いで上がり込んだ。

「おじゃましまーす!」

「お、おじゃまします……」

 空はちょっと小声で挨拶すると、草鞋の紐を引っ張ってするりとほどく。おずおずとしているのは、そういえば友達の家に上がるのは今世では初めてだと気付いたからだ。何だか物珍しくて、けれど少しばかり緊張している。

 家に大人がいないのに勝手に上がって良いのかという事も今更ながら思うが、その辺は近所のよしみか田舎ゆえの大らかさか、誰も気にしていないようだった。

 そんな空の様子を眺めてヤナはくすりと笑い、その頭を一つ撫でた。

「では、ちょっとこれを雪乃に届けてくるからの。少し手伝ってくるやもしれぬ。昼前には迎えに来るから、良い子でな」

「うん!」

 空が返事をすると、ヤナは玄関からも見える廊下の窓の外を指さした。外は庭になっていて、何本もの木が植えられている。

「あの辺の庭にウメがおるのだ。後で帰る前に起こして挨拶しような」

「おにわ? おこしていいの?」

「ウメは木の精なのだが、寝るのが好きであまり本体から出てこないのだぞ。こちらから会いに行けば起きるだろう」

「おねぼうなんだね……」

(木の精……ウメっていう名前からすると、梅の木の精霊さんなのかな)

 そう予測したが、窓から見える木々のどれが梅の木なのか空にはまだ見分けがよくつかない。

 それでも、どうやら家守も色々個性的らしいということは一応理解できた。

「じゃあヤナちゃん、あとでね!」

 出て行くヤナに手を振り、空は矢田家の居間へとお邪魔した。

 結衣は家に大人がいない事など気にした様子もなく、居間のテーブルの前にちょこんと座ってそこに置いてあった明良の物らしい木組みのパズルで遊んでいる。

「あ、そらちゃんほら、いっしょにやろ!」

「うん!」

 空も結衣の隣に座り、パズルの欠片を手に取った。


「おまたせー!」

 明良が戻ってきたのはまもなくだった。手にはしっかりと青いお守り袋と、木で出来た箱を携えている。

 結衣と空はすぐさまパズルを放り出し、明良が開ける箱を覗き込んだ。

 明良の宝箱の中には丸や四角、楕円と色々な形の身化石が大切そうに並べられていた。石は薄い色から濃い色まで、どれも青系の色をしている。

「アキちゃんのいし、みんなあおいね!」

「あおすきだもんねぇ」

「うん。おれ、いっつもあおいのえらんじゃうんだ。ほら、こっちのおまもりのも……」

 そう言って逆さまにされたお守り袋から転がり出てきたのは手のひらに載るくらいの楕円形の石だった。少し両端がすぼまって紡錘形に近い形をしている。

 これも水色と青の中間くらいの色合いで、まだ半分くらいは黒っぽい普通の石の部分が残ってた。

「わ、なんかかっこいい……」

「だろー! いまいちばんすきなんだ!」

「アキちゃんのすきそうなのだねー。まえのはなにになったの?」

 結衣がそう問いかけると明良はちょっと肩を落として窓の外を見た。

「まえのはさかなだったよ」

「さかな? おみずなくてもだいじょぶだったの?」

「うん。ふわってういてた。きれいだったからかいたかったんだけど、つかまえようとしたらあばれてそとにいっちゃった」

「そっかぁ、ざんねんだったね」

「うん。やっぱりもっとながくもってたほうがいいのかなぁ」

 お守りにした石から孵った生き物がずっと側にいてくれるようになる事はとても稀だと、空は袋を貰った時に雪乃に聞いていた。

 長く持っていた石がそうなったと言う人もいれば、そうでもなかったと言う人もいて、そうなるかどうかは本当に運らしい。

 あるいは本人の力の質にもよるのではないかという説もあるようだが、その辺の検証も特にされてはいないらしいのだ。

 子供のうちは身化石に夢中になるが、大人になる頃には集めなくなってしまう人がほとんどなので、細かく調べる人がいないのかもと空は思っている。

「これはどんな子になるかなぁ」

「アキちゃんなにがいいの? わたしちょうちょとかがいいな」

「なんでもいいけど、かっこいいのかなー」

「かっこいいのかぁ……ぼくは、ちいさいとりさんとかがいいなぁ」

 それなら怖くなさそうだし、と空は胸の内で呟く。

 箱の中の石を一つ手に取り半透明の部分を覗き込んだけれど、何になるかはまだ見当も付かない。

 三人で石を眺めては、これは鳥かもしれない、トカゲかもしれないと予想して盛り上がっていると、不意に玄関がガラガラと開く音がした。


「こんにちはー! アキラいるー?」

 聞こえた声は、武志でもない、誰か知らない子供のものだった。

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