54:空の宝物
「うわぁ、きれい!」
米田家の庭に、嬉しそうな結衣の声が響いた。
結衣が見つめる庭の片隅には、彼女が集めて並べ、空が日々見守っていた身化石の花が咲いている。
身化石の花は赤や黄色、ピンクと色とりどりだが、どれも宝石細工のように美しい。花の形も菊のようなものからチューリップや薔薇、百合に似たものまで色々だ。
手で触れられるものもあれば、いつかの蝶のように触れられないものもあり、空にはどれも綺麗で不思議だった。
「そらちゃん、よんでくれてありがとね!」
「うん!」
これらの花は昨日の夕立の後に一斉に咲いたのだ。空がそれを結衣に見せたいと言うと雪乃が朝になってから野沢家に連絡してくれて、結衣は楽しみにしていたらしくすぐに駆けつけた。
「いっぱい咲いたなー。良かったな、結衣」
「うん!」
妹の付き添いで遊びに来た武志が、花を眺めて結衣の頭を撫でる。
身化石の花は風には揺れないけれど、光を弾いてキラキラと煌めいて綺麗だ。
一緒に遊びに来た明良がそれをしばらく眺め、ふと顔を上げて空の方を向いた。
「そら、おれがあつめておいてったやつって、どうなった? かえった?」
「アキちゃんとタケちゃんがあつめたの、まだあっちにあるよ。でもなんこかは、もういなくなっちゃったみたい」
明良も結衣も武志も身化石を集めるのが好きだ。けれどその中から特に気に入った身化石をいくつか持って帰ったが、それ以外はこの庭に置いたままだった。
余り沢山持って帰ると、身化石には身化石の役目があるのだと親から怒られるらしい。
だから持っている石が孵って何かに変化したらしばらく飼うなり眺めるなりし、それを逃がしてからまた新しいのを拾うのだという。
空もそれを聞いていたので際限なく集めるような事はしていない。空の宝箱に入っているのはまだしばらく孵りそうにない石が三つほどで、持ち歩いているのは一つだけだ。
「かっこいいのいた?」
「うん! あんね、よるのおそらみたいになったいしがあってね、それがくろいとかげになったの。でもすぐにげちゃった」
空は、庭で幸生の農作業を手伝っていたある朝に丁度良く孵った石を思い出す。
紺色の夜空を思わせる色をした石から孵ったのは、黒いけれど透明感のある体に星のように銀の粒を散らした姿をした、十五センチくらいの美しいトカゲだった。
捕まえようか、でもちょっと大きくて怖いと空が悩んでいるうちに、するりと塀を登り外に行ってしまったのが残念でよく憶えている。
「そっかー、ざんねん。こんどはいろがこいの、もってかえってみようかなぁ」
トカゲの姿を空が説明すると、明良は落ちている石を眺めながら真剣に呟く。
村の子供たちにとって、石がどんな風にかっこいいとか綺麗な生き物に変わるかはいつだって一番の関心事なのだ。
「あ、そろそろ俺行かなきゃ!」
不意に武志がそう言って立ち上がった。
「タケちゃん、どっかいくの?」
「うん、友達にカブトムシ捕まえに行こうって誘われたんだ。うちの近くで集まってるとこ見つけたからって」
「カブトムシ……」
空はその言葉にすでに一歩引いている。
「おとこのこってカブトムシすきだよねー。わたしそらちゃんとあそんでるね!」
結衣は余り興味がないらしく、そう言って武志に手を振った。
「ヤナちゃん、終わったら迎えに来るから、結衣置いてってもいい?」
「うむ、構わぬぞ。行ってこい」
「明良はどうする? 一緒に行く? あっちの、明良んちの一本先の通りを曲がってずっと真っ直ぐ行った林の近くだって言ってたけど」
誘われた明良は少し考え、首を横に振った。
「おれもそらとあそんでるからいいよ。カブトムシはまたにする!」
じゃあ行ってくる、と言って武志は一人駆けていった。
いってらっしゃいと手を振って見送った残った三人は何をして遊ぶ? と顔を見合わせる。
「そうだ、おれそらのあつめてるいし、みたいな!」
「ぼくの? ぼくのいし、まだちょっとしかないよ?」
「あ、わたしもみたい!」
身化石や宝物の見せ合いは子供たちの楽しみだ。見たいと言われれば空にも別に断る理由はない。
ならばと皆で家に入り、空は雪乃に貰った綺麗な和紙の貼ってある箱を居間に持ってきて、二人の前で蓋を取った。
「んと、みけいしはこれとこれと……これも」
空が集めている身化石はまだ半分くらいは普通の石だ。その代わり、変化している部分の透明度が高い綺麗なものや、虹色の模様が入っているようなちょっと珍しい感じのする石を集めていた。
あまり早く石が孵化していなくなってしまうのが寂しいので、それが遠そうなものを選んで集めている。
「そらは、まだかえらなそうなのがすきなの?」
「うん。たからものとすぐおわかれするの、さみしいかなって」
「そっかー。そういうのもいいな!」
選んだ石を手元に長く置いておきたいという空に、明良も納得して頷く。結衣は箱を覗き込んで、丸いただの石を拾い上げた。
「そらちゃん、これなーに? ふつうのいし?」
「うん。おとうとのりくがくれた、たからもの! とうきょうのこうえんのいし!」
「へー! まんまるでかわいいね!」
結衣はにっこり笑うと石を優しく箱に戻し、空の頭を何となく撫でた。
「そら、これは?」
「んーと、あめいし? まえにあめのひにあそんだら、おっこちてきたの」
「え~、そらちゃんあめいしひろったの!?」
「すごい、そら! いいなー!」
雫の形をした石を見て二人は羨ましそうに声を上げた。
「アキちゃんもゆいちゃんも、あめいしひろってないの?」
「あめのひはうちにいなさいって、いっつもいわれるんだ」
「わたしも! みずたまりあぶないでしょって」
「じゃあこんどかっぱきて、うちであそぶ?」
雨の日に皆で庭で遊ぶのもきっと楽しいだろうと思う。
米田家の敷地内なら安全だとヤナが言っていたことを思い出し、空がそう提案すると二人とも嬉しそうに頷いた。
「なぁ、そら。まえにまるいそらいろのいし、ひろってなかった? もうかえった?」
皆で雨の日の約束をし、箱の中に石を戻して顔を上げた明良がふと首を傾げる。
「あれ、ここだよ!」
空は首に掛けて甚平の内側に下げていた紐を引っ張った。紐の先には小さな袋が二つぶら下がっている。一つは龍神様の神社でもらったお守り袋だ。
それとは別のもう一つ、着物の端切れで作ったお守り袋を空は手に取って逆さまにした。口を広げると空色の丸い石がころんと転がり出てくる。
入っていた石は丸くてそこそこ大きさがあるのに、袋に入れるとぺたんこになる謎仕様だ。
「あ、おまもりにしてるのね! わたしもしてる!」
「おれも!」
「うん、ぼくこれ、いちばんすきなの!」
空色の半透明のところに白く雲が浮かんだようだった石は、拾った時と同じ色のままだ。ただ以前よりも白い部分が減って少し透明度が増した。そしてその真ん中に少しだけ色の違う黄色っぽい部分が、ポツリと丸く出来ている。
それが何だか青空に浮かぶ太陽のように見えて、空はますますこの石が気に入っていた。
「そらのおまもりいし、かっこいいな!」
「えへへ、ありがと! アキちゃんたちのはどんなの?」
「わたしのは、ぴんくのかわいいの!」
そう言って結衣が同じように首に掛けた袋から出して見せてくれたのは、彼女のすきな薄桃色の石だった。半透明で平たい楕円系をしている。中に所々花びらのように赤い部分があって、それが華やかさを増している。
「すごくかわいいね!」
「でしょー!」
空が褒めると結衣は嬉しそうに石に頬ずりをした。
「ずっとそばにいてくれる子がうまれたらうれしいけど……でもこのままでもかわいいよね!」
「うん、ぼくもこのままでもすき! アキちゃんのは?」
そう言って空が明良の方を向くと、襟を覗き込んだりポケットを叩いたりしていた明良はがっかりしたように呟いた。
「おれ、いえにわすれちゃったみたい」
明良もいつもはお守り袋を首に掛けているのに、今日はたまたま忘れてしまったのだという。
朝着替えた時において来てしまったらしい。
「ちぇー、あたらしいのにしたから、みせたかったのに!」
明良はそう言ってむぅ、と唇を尖らせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます