53:この夏のトレンドになった
「そら、とったよ! おれにひき!」
「えー、いっぴきしかはいんなかったー!」
明良と結衣が走ってきて、網を広げて捕獲したカニを見せてくれた。空はそれを怖々と覗き込む。
そこにいたのは三十センチくらいの大きさのカニだった。一見すると、大きさ以外は空も前世のテレビで見たことがある普通の沢ガニだ。甲羅が大きくて、脚は太いがそんなに長くない。大きさも想像していたよりは幾分小さかった。
しかし、このカニは何故か甲羅が真ん中からパカリと割れていて、そこから白っぽい半透明の薄い羽が出ていた。カブトムシなどの甲虫の羽が出る様によく似ている。カニと羽が結びつかなくて、空にとってはちょっと……いや、かなり不気味だ。
「か、かに……むし?」
「ううん? カニはカニだよ」
空の呟きに明良が首を横に振った。羽があってもカニには間違いないらしい。
空は明良達が持ってきた紐でテキパキとカニを縛り、小さな池に放り込むのを怖々と見つめた。それから雪乃を見上げて首を横に振る。
「ばぁば、ぼく……あみといっしょに、ころんじゃうんじゃない?」
「そうねぇ……」
あの勢いで飛んで来たカニを網に受け止めたら、空は多分それごとひっくり返ってゴロゴロ転がる気がする。
不安そうな空に頷いた雪乃はしばし考え、それからパチンと手を叩いた。
「そうだわ、良い物があるわ空! ちょっと待ってね」
雪乃はそう言うと荷物のあるところまで走り、リュックを持って戻ってくると口を開けて手を突っ込んだ。
「よい、しょ」
リュックからずるずると引っ張り出されたのは、直径が十センチ以上、長さは一メートルほどもありそうな、太く長い竹筒だった。竹には所々に穴が空いている。
「善三さんが、自信作だから何かあったら使えって言ってたのよ。ちょっと待ってね、えーと、使い方は……」
一緒に何本かの細い竹と、説明書らしき紙も取り出し、雪乃が読み込む。
「えーと、これをここに着けて、こっちはここ……それとこれもね」
雪乃は説明書を見ながら細い竹を太い竹に空いた穴に差し込んでいった。
太い竹筒に見る間に足のような物がつき、細い蓋を開けるとレバーのような物が出てきて、そして上部には謎の部品が付けられる。
「よし、これで完成ね」
「ばぁば……これなに……?」
そこに現れたのは高さ五十センチくらいの、どう見ても二脚の銃架付きライフルのような物だった。ただし、全て竹製だ。
銃身らしきメインの竹筒が太すぎるので、ライフルというよりランチャーかもしれない。
先端の下部には銃身を支える脚が二本斜めに突き出し、その手前には細めの筒がもう一本付いて三本で全体を支える構造だ。その細い筒の後ろには銃のグリップのようなものが付いていて、引き金らしき部品もある。竹の上側には照準器のようなものが立ち、筒の横には謎の小さなレバーが出ていた。
そして一番後ろには、そこだけ何故か水鉄砲らしい、Tの字のように握りの付いた竹の押し棒が出ている。
「これは、水鉄砲よ」
「ぜったいちがうとおもう!」
朗らかに言う雪乃に、空は思わず突っ込みを入れずにはいられなかった。
しかし空以外の子供達には大好評だ。
「すっげー、何これ! 雪乃おばちゃん、これホントに水鉄砲!?」
「かっこいー! どうやってつかうの!?」
「ね、ね、つかってみせて!」
「うっわー、すげー格好いい! え、善三さんの奴!? いいなー、僕も撃ってみたい!」
子供どころか約一名の河童にも大好評だ。
「だって水鉄砲だって説明書に書いてあるのよ……善三式自動給水機能付き水鉄砲、豪雷号って」
「ぜんぞうさん……」
なんと銘まで付いていた。
雪乃はその謎の水鉄砲を持ち上げ、川の中に持って行く。川底の石に気をつけながら設置場所を決めると、後ろの棒を一度奥まで押し込んだ。それからそれをぎゅっと引くと、真ん中の細い竹筒からゴボゴボと水音が立った。
「この筒から給水してるのね。川に浸かってる限り、一度引いたら後は撃っても自動で給水されるって。けどちょっと押し棒が邪魔かしらね?」
「お~、すっげー! 雪乃さん、じゃあこれは!? 後こっちは何!?」
上の照準器と横に付いた細いレバーを語彙力を失った翠が指さす。
「こっちは的を狙う時に使うもので、この横の棒は単射と散弾の切り替え装置だって書いてあるわ。あ、それと危ないから人には向けるなって」
レバーを先端に向かって押し込むと、銃身の先端が一部飛び出して細くなった。手前に引くと元に戻る。
雪乃はもう一度レバーを押し込み、前に誰も立っていないことを確かめてからグリップらしき箇所を握って竹製の引き金を引いた。
パシュパシュパシュッ、と軽い音が立て続けにして、撃ち出された水がかなり遠くにあった岩に次々に当たる。距離もあるので岩に穴をうがつほどの威力があるわけではなさそうだが、バシバシとぶつかる音がここまで聞こえる。近距離で当たったら痛そうだ。
しかも引き金を軽く引いただけなのに連射になっていて、自動小銃のように次々に水弾が撃ち出される。
「うっわカッケー! えええ、いいなぁ! 僕も今度作って貰おうかなぁ!」
「俺も欲しい!」
「おれもー!」
「わたしも!」
子供達はもう大騒ぎだ。
空だけは、その全力で大人げない竹製水鉄砲にニコニコと固まった笑みを浮かべていた。
その後。
空はその水鉄砲で無事にカニを獲る事が出来た。
散弾モードで水鉄砲を撃つと、破裂するような勢いで水の弾が撃ち出され、放射状に広がるのだ。
石を叩く瞬間に合わせて引き金を引けば、その水弾が飛び出してきたカニたちにぶつかり次々に撃ち落とした。飛行中のカニたちは横からの攻撃に意外と弱かったらしい。
狙いが大雑把でもタイミングさえ合えばそれで良いので、空でも簡単にできる。撃たれたカニが落ちてひっくり返って気絶したりジタバタもがいている間に、明良達三人と翠までもが集めるのを手伝ってくれた。
数回やって沢山のカニを獲ったため空はまた休憩し、今は雪乃に焼いてほぐして貰ったカニと岩魚をぱくつきながら、皆が交代で豪雷号で遊ぶのをのんびりと眺めている。
傍らには雪乃と美枝がいて、二人も嬉しそうにカニの身をつついていた。
「沢山獲れて良かったわねぇ。私このカニ獲るの苦手なの。うちの人だったら水ごと持ち上げて捕まえてくれるんだけど、子供の遊びを邪魔するのも悪いしねぇ」
「私もすごく久しぶりだわ。昔は紗雪が沢山獲ってきてくれたのよね。あの子は道具は面倒だから素手で獲ってるって言ってたけど……空、美味しい?」
「おいしい……すごくおいしい……」
空を飛んでも、水鉄砲でインチキっぽく撃ち落としても、カニの美味しさは普遍的だ。
沢ガニの脚やハサミは短かめだったが、元が大きいので十分食べられるくらいの太さがある。海のカニのような塩気はないが、清流で暮らしているせいか臭みや癖は少なく、身はしっかりしていて甘みがあった。
大きい甲羅はパカリと割ると味噌がたっぷり詰まっていて、醤油をちょっと垂らすと最高だ。
焼く前に雪乃が羽をむしっていたこと以外は、普通にカニだった。
「この羽は素揚げにするとパリパリして美味しいのよ。今晩食べましょうね」
「う……うん」
(これはカニ、これはカニ……虫じゃないから大丈夫!)
でも羽を食べる時は最初だけ目を瞑ろう、と空は思う。
そんな事を考えて黙々とカニを味わっていると、雪乃が少し心配そうな顔を空に向けた。
「空……あんまりあの水鉄砲喜ばなかったけど、ああいうの好きじゃなかった?」
「え、ううん……ちょっとびっくりしたけど、すき」
「そう? 善三さんたら、ちょっとやり過ぎだったんじゃないかと思ったんだけど」
空はその言葉に少し考える。
雪乃は空の反応が薄かったから怖がっているのではないかと心配しているらしいと気付いたのだ。
空はあの常軌を逸した水鉄砲に驚いたが別に怖がってはいない。それよりも羽の生えたカニの方がずっと衝撃的だった。
空としては、むしろあの水鉄砲にはちょっともの申したいところがある。
「あんね、ばぁば……ぼくね、あれ、にほんあしのとこ、こう、ぐるっとまわるべきだとおもうんだよね! そうじゃなきゃ、ねらいがつけづらいじゃない? あとね、うしろのぼうがじゃまだから、ひっぱったあとかくっとおれたらいいとおもうんだよ!」
「……空、実は気に入ってたの?」
「うん! ぼくでもかにとれたし、おいしいしすごい! けどもっとよくなるとおもう! いりょくあげて、さかなもとれるようにならないかなぁ? いろいろしたら、もっとかっこいいのになるんじゃない!?」
雪乃は微笑み、熱弁する孫の頭をそっと撫でた。
「帰りに善三さんのとこに寄るから、その思いの丈をぶつけると良いと思うわ」
「うん!」
空が楽しそうなら雪乃はそれで良い。何だかんだ言って、雪乃も孫にとても甘いのだ。
河童がカニを撃ち落として大はしゃぎしているのを眺めながら、空の初めての川遊びはこうして楽しく美味しく過ぎて行く。
このあと善三は、空の意見を取り入れて作った豪雷号(改)の注文に夏中悩まされたとか。
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