51:たまには子供らしく
空にとってはちょっとした衝撃だった出会いを経て。
気がつけば川原にいるのは空と雪乃と美枝だけで、明良達はもう川に入ってバシャバシャと水を浴びている。
三人とも冷たいとはしゃぎながら浅瀬を走り回っていて楽しそうだ。空も行きたくなって雪乃を見上げると雪乃は小さく首を横に振った。
「空は初めてだから、まず注意を聞いてからね」
「うん……」
そわそわと明良達を見る空に、翠がしゃがみ込んで目線を合わせる。
「すぐだから、ちょっと待ってねー。えーと、まず、あの川の真ん中の赤いの、見える?」
翠が指さした方を見れば、少し上流の川の中に赤い丸い物が浮いている。
「あれの向こうが深くなってるっていう印なんだよ。空くんはまだ小さいから、あの向こうは行けないからね」
「あい!」
空が元気よく頷くと、翠は今度は下流の方を指さした。下流の目印はだいぶ離れている。
「あっちは、あそこまで行けるよ。でも離れた場所に行く時は雪乃さんとかに声かけて、一人では遊ばないでね。あと、川の向こう岸の端に赤い線が書かれてる大きな岩があるけど、あの近くも深いから気をつけて」
川原にも川の中にも大きいのから中くらいのまで、色々な大きさの岩が転がっている。そのうちの近寄ってはいけないものには赤い印がしてあるらしい。
「基本的に赤い印は近くに行っちゃダメってことだね。浅瀬にある赤い奴は、転がったり動いたりする岩だから危ないってやつだよ。赤いのは危ないからダメ。わかるかな」
「うん、だいじょぶ!」
頷く空の頭を撫で、翠は空の足下を見た。
「善三さんの草鞋履いてるみたいだし、防御的には全然大丈夫そうだけど……まぁ、あとは雪乃さんや皆に教えて貰うと良いよ。何かあったらおっきな声で僕を呼んでね。この辺りにいるから」
「あい!」
「ありがとう、翠さん。これ良かったら持っていって。お裾分け」
雪乃はそう言ってリュックから取り出した麻袋を翠に渡した。翠はそれを受け取り口を開く。
袋の中には真っ赤なトマトや艶やかなナスなど、幸生が朝収穫した夏野菜が沢山入っていた。
「お、やった美味そう! ありがとね、雪乃さん」
「どういたしまして。川でスイカも冷やすから、良かったら後で一緒にどうぞ」
「いいねぇ。僕はスイカ畑まで行くの、乾いちゃって面倒くさいから有り難いよ。じゃあ、あっちの子達をちょっと見たらまた来るね! あ、野菜ここに置いてこ」
翠はそう呟いて木陰近くの岸辺に麻袋を突っ込んで水につけ、近くにあった石を拾って袋の口を押さえた。雪乃もその横に大きめの石をいくつか置き、それを支えにしてスイカを水に浸す。
「じゃあまたあとで。空くん、楽しんでね!」
「うん!」
元気よく返事をした空に手を振り、翠は川の中へとザブザブと入って行く。空がじっと見ていると、しばらく進んだところでふっと水に沈むようにその姿が見えなくなった。
あっと驚いた空はキョロキョロと翠を探した。するとその上流の随分離れた場所でパシャンと水が跳ね、麦わら帽が波間に揺れる。ほんの僅かな間にかなりの距離を泳いだのだ。
「かっぱさん……すごぉい」
空はそれを感嘆のため息と共に見送った。
翠の泳ぎを見送り、空はようやく川にまた意識を向け、雪乃を見上げた。今度は雪乃も頷き、空の手を引いて川岸へ導く。
「もう良いわよ、空。まず、足つけてみる?」
「うん!」
許可を貰った空は嬉しそうに水辺に近づいた。側で水面を覗き混むと、水底の石の一粒一粒が見えるほど水が澄んでいる。空はそれに感動を覚えつつ、そっと足を踏み出した。
「ひゃ……つめたい!」
足に触れた水の温度は空が思っていたよりも低かった。けれど今は朝とはいえ季節は夏だ。すぐにその冷たさが心地良く感じられ、空は嬉しくなって雪乃の手を放し、ばしゃばしゃと川の中に踏み込んだ。
草鞋や甚平は濡らしても良いと言われているので服のままだ。むしろ防御力が高いからそのまま遊べと言われている。
「そらー、こっちー!」
少し先で明良が手を振っている。
空は嬉しくなって、膝ほどまである水を一生懸命蹴り分けるようにしながら川の中を歩く。
「そらちゃん、はじめてのかわ、どう?」
「つめたい! きもちいい!」
結衣に問われて空は笑顔でそう答えた。追いかけっこをしていたらしい三人ももうずぶ濡れだが、誰も気にした様子はない。
「泳ぐのはまだ空には早いよな? とりあえず川に慣れるまで、おっかけっこでもする?」
「する!」
空は元気よく手を挙げて追いかけっこに参加を表明した。
もちろん三人と空では身体能力に雲泥の差がある。けれどそれぞれ小さい子供と遊び慣れていたり、保育園で色々な友達がいたりするので、手加減も上手い。
たまに流れに足を取られたり、石で滑ったりして転んだりもしたのだが、空が転ぶと周りの水が勝手に持ち上がってふわりとその身を起こしてくれる。最初はびっくりしたが、雪乃が手を振ってくれたのですぐに魔法で起こしてくれたのだと分かった。
そうやって見守られていると思えばさらに安心して遊ぶことが出来る。
途中で雪乃から竹の水鉄砲を渡して貰い、次は皆でそれで遊んだ。細い竹筒の先に穴が空いていて、棒で水を押し出すだけの簡単なものだったけれど十分に楽しい。川の中の岩を的にして誰が上手く当てるか、遠くまで飛ばせるか競ったりと遊び方は色々ある。
空は皆とお互いに水を掛け合ったりもしながら、おおはしゃぎで浅瀬を駆け回った。
「ふはー」
追いかけっこや水鉄砲を楽しむことしばし。
走り疲れて喉が渇いた空は、雪乃からお茶を貰って木陰で一息ついた。川で冷えた肌に上がってきた気温が心地良い。
一方で空と違って体力に溢れた明良達はまだ遊んでいる。
明良は空が抜けるとリュックからスコップを取り出し、細い流れを川から引いて小さな池を作りたいらしく、せっせと地面を掘り返している。
武志も最初はそれに参加していたが、掘り返して出てきた平たい石の方に興味が移り、今はそんな石を拾っては投げて水切りして遊んでいる。軽く投げているように見えるのに、毎回十回は跳ねていて、空は時々拍手をしたくなった。
結衣はマイペースに川原で身化石や模様の綺麗な石を探し回っていた。
子供らしい気まぐれさや飽きっぽさを発揮してそれぞれ思い思いの事をしているが、皆とても楽しそうだ。
空としては穴掘りが楽しそうだなぁと思うのだが、少し疲れたしあまり戦力にならなそうなので休憩がてらの見学だった。お茶と一緒に渡して貰ったおにぎりの塩気が美味しい。
「空、川はどう? 楽しい?」
「うん! すごいたのしい! おみずつめたいし、きれいだし……あとえっと、みずでっぽうもおもしろいし、ちいさいおさかなもいたよ! でもすごいはやかった!」
空は目を輝かせ、手振りを交えて一生懸命説明した。
水鉄砲一つがあるだけで他に大きな遊具もおもちゃもないが、ただ水が流れている中を駆け回るだけでこんなに楽しいなんて思ってもみなかった。キラキラと光を弾く水面を覗き込んで、魚の影を見つけるだけでこんなにワクワクするなんて。
空はこの短い時間で、すっかり川遊びが好きになった。
「ふふ、本当に楽しかったのね。良かったわねぇ」
空の話を聞く雪乃もそう言って嬉しそうに笑みを浮かべた。
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