46:スイカを浴びた。

「この辺かな? よし、じゃあまず、スイカ探そうぜ!」

 秀明が示した畑の側で立ち止まり、武志は辺りを見回した。空も同じように見回してみたが、畑を覆うのは緑色の葉っぱばかりで、丸いスイカの姿は見当たらない。

 空がキョロキョロしていると明良が繋いでいた手を離し、背中のリュックを下ろしてそこから長い棒と鎌を取り出した。結衣も棒を手に持って楽しそうに素振りをしている。

「空、あのな、スイカはこの葉っぱの下に隠れてるんだ。そうっと探して、見つけたら静かに皆に教えるんだぞ」

 武志がそう言って畑の中に踏み込み、葉っぱをめくる。一枚一枚が大きくて、蔓もとても長い。一枚めくったくらいでは地面がうっすらとしか見えないくらい混み合っている。

「葉っぱも蔓も、暴れたり動いたりはしないけど、静かにな!」

「う、うん……がんばってさがすね!」

 空は頷き、散らばって行く皆を見習って、同じように畑に入り込んだ。一応畝らしきものがあるようなのだが、葉っぱや蔓が大きく広がりもっさりと絡み合っていて、小さな空には大分歩きづらい。それでも一生懸命それらを踏まないように気をつけながら、一枚、また一枚と大きな葉をめくった。しかしスイカは見つからない。

(スイカなんて、見つけるまでもなく目立つと思ってたのに……ナスみたいに姿を消して隠れてるのかな?)

 そう考えながら、目を凝らす。蔓と繋がっているはずなのだから、普通に見つかると思ったのだが。


「……ないね?」

「畑の端のは、誰かがもう採ったのかもしれぬぞ」

 後ろから見守っていたヤナがそう教えてくれた。空はなるほどと頷いてもう少し奥を目指して歩き出す。

「空、抱っこしてやろうか?」

「ううん、もうちょっとがんばる」

 小さな体には繁ったスイカはなかなかの強敵だが、それでも自分でもう少し頑張りたかった。うんしょ、と勢い付けて葉っぱの山を乗り越える。それを何度か繰り返していたら、不意に足が蔓に引っかかってふらつき、空は葉っぱの上にぽすりと尻餅をついた。重なった蔓や葉っぱはふわりとしていて、少しチクチクするが痛くはない。

「うん、しょ……あ?」

 立ち上がろうとした時、低くなった目線の先に何か丸い影が見えた。空は四つん這いになると、葉っぱの奥を覗き込んで手を伸ばす。大きな葉っぱをめくると、そこには確かに丸くて大きな何かがあった。

「す……?」

 多分これがスイカなのだろうと空は思う。しかし自信がない。何故なら 丸い実の表面を彩るのは、スイカっぽい濃い緑、それよりもくすんだ少し薄い緑、合間を埋めるカーキ色、そして面積が少なめの、ほぼ黒に見える緑色。それらが不規則な模様を作って丸い表面を埋めている。空はその模様に多分前世から見覚えがあった。

(どう見ても迷彩柄……これ、本当にスイカ? どうりで、見つからない訳だね……)

 空は自分のよく知る緑に黒の縞々の実を一生懸命探していた。スイカが迷彩柄だなんて、全くの予想外だ。

 ちょっと遠い目をしたが、空は気を取り直して立ち上がり明良達の方に手を振り、小声で名を呼ぼうとした。

「あきちゃん、みつ……」

「あ、そらっ、しーっ!」

 空を見た明良が慌てて口の前に指を立てたが、その忠告は残念ながら遅かった。

 空が明良を見て動きを止めた次の瞬間、バンッ! と何かが破裂するような大きな音が響いた。

 次いで、バシャン、と空の体の側面に何かが勢いよく叩きつけられる。それは青いような甘いような匂いのする大量の液体と、何かの破片で――

「へ……?」

 ――空は恐る恐る音のした方に視線を落とし、そして、見た。

 破裂して半分になった大きなスイカと、そのぐずぐずになった真っ赤な断面を。

「ぴ……ぴぇっもがっ!?」

 叫ぼうとした瞬間、空の口がさっと塞がれその体がふわりと浮く。素早く空を拾ったヤナは蔓や葉を大きく飛び越えるようにして走り、空を畑から連れ出した。

「空、もう大丈夫だぞ」

「ふ、うう、うわぁぁぁぁん!」

 畑の端の空き地へ連れてこられた空は、ヤナに下ろされるやいなや盛大に泣き出した。ものすごくびっくりしたせいで、勝手に涙が出てしまう。空は畑の方を指さして大きな声で泣きわめいた。

「ふえぇぇえ! や、ヤナちゃ、す、すいか、すいかしんだぁああ! うわあぁぁん!」

「ああ、よしよし大丈夫だぞ。スイカはあれぐらいでは死んだりせぬからな。実が弾けただけだ。びっくりしたな」

 スイカの汁を間近で浴びてびしゃびしゃに汚れた顔を、ヤナが持ってきていたタオルで優しく拭いてくれる。

「うっく、ふぇ、す、すいか、しんで、ない……?」

 しゃくり上げながら空がヤナを見上げる。ヤナは頷いてタオルで包んだ空の頭を優しく撫でた。

「そら、だいじょうぶかー?」

「そらちゃん、びっくりした? へいき?」

 空を心配した明良達も畑から出てやってきた。明良は空と同じようにスイカの汁や破片を浴びて赤い汁をボタボタ垂らしている。

「ひぇっ、あきちゃんっ!?」

「あ、さっきそらにへんじしたから、おれもすいかわっちゃった。でもぜんぜんへーきだよ!」

「ちょっとべたべたするけど、それだけだからだいじょーぶだよね!」

 明良はそう言って何でもないように笑い、リュックからタオルを出して自分でぐいぐい拭いている。空がそれをぽかんと見ていると、何か大きなものを手に持った武志が戻ってきた

「空、大丈夫か? ごめんな、俺の言い方悪かったな……」

「たけちゃん……こえ、だしちゃだめ、だった?」

「うん、手を振るとかだけで良かったんだ。ちゃんと最初にそう言っとけば良かったな、ごめん」

「ううん……びっくりしたけど、だいじょぶ」

 ずず、と鼻を啜って空は首を横に振った。


「ほら、空。これ空が見つけたスイカの残り、持ってきたんだ。割れちゃったから味見しよう!」

 武志が持っていたのは、空にその身の半分以上を浴びせかけたスイカの残りの部分だった。大分崩れているが味見くらいなら出来そうだ。空は恐る恐るそのスイカを覗き込み、勧められて小さな欠片を一つ手に取る。

「ん……! あまぁい!」

 口に入れて、しゃく、と噛みしめると甘い味が広がる。久しぶりに食べるスイカらしい爽やかな甘さだ。けれど去年東京で食べたスイカより、ずっと甘いような気がした。

「おいしい……すいか、おいしい」

 その甘さで空の目に光が戻る。涙もやっと止まり、頬に残った滴をヤナが優しくタオルで拭い取ってくれた。

「空、スイカは人に見つかったのが分かると、ボンって爆発しちゃうんだ。だから、見つけたら声は出さずに、手を振って教えてくれればいいから」

「ばくはつ……すいか、なんでそうなるの?」

 空がそう聞くと武志は知らない、と首を横に振った。するとスイカの欠片を囓っていた明良が顔を上げた。

「あ、おればーちゃんにまえきいたよ。すいかはこわがりなんだってさ」

「こわがり?」

「んっと、なんか、わかいときはいきがってて? みができるときゅうにまるくなって、でもこんどはみをまもるのに、こわがりになるんだって。だからひとにみつかると、ばーんてして、たねをとおくにとばすんだって」

「アキちゃんちのおばちゃん、やさいのきもち、よくしってるよね」

「うん。でもおれ、ばーちゃんがいってること、まだあんまわかんないんだよなー」

 空は首を傾げる明良の言葉に同意しながら、スイカ畑の方を眺めた。

(僕もあんまり、分かりたくない……)

 とりあえずこの土地のスイカは子孫を残すために自己犠牲精神だかやけくそだかを発揮する、地雷のような存在だという事はどうにか理解した。

 空はしゃがみ込んで、もう一口スイカの欠片をすくって口に運ぶ。

(地雷みたいでも、美味しい……美味しいから、絶対、採る!)

 べしゃべしゃになった我が身のリベンジをするのだ、と空は強い決意を抱き地雷原をキッと睨んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る