45:スイカ畑の朝

 次の日の朝。

 空は雪乃に新しい服を着せて貰った。涼しい生地で出来た子供用の甚平だ。成長を見越して少しゆったりとした作りだが、それが風を通して心地良い。空の好きな水色なのも嬉しいところだ。

 空は紐を結んで貰うと、その場で雪乃に見せるようにくるりと回った。

「どうかしら空。丁度良い?」

「うん、すずしい!」

「良かった。色も似合っているわね。染谷さんに水浅葱色でってお願いして良かったわ」

「そめやさん?」

「ばぁばのお友達よ。反物や糸の染め物屋さんなの」

「ぼくのふく、みずいろにしてくれたの?」

「そうよ。ついでに糸の段階から付与もして貰ったから、とっても丈夫で汚れにくい服なのよ」

「そうなの? ばぁば、ありがとう!」

 どうやらこの服も何かすごいらしい事は分かったので、とりあえず空はお礼を言った。雪乃は嬉しそうに空の頭を撫でる。

「えへへ、ぼく、おっきいすいかとってくるね!」

「ええ、楽しみにしてるわね。気をつけて行ってきてね」

「うん! ヤナちゃんがいるからだいじょうぶ!」

 甘いスイカを思って空はにこにこと嬉しそうに笑う。この村のスイカがどんなおかしな植物なのかは見てみなければわからないが、とりあえず草鞋をしっかり履いてヤナの言うことを守れば大丈夫だろうと空は頷いた。

「さ、空。そろそろ行くか」

「うん! ばぁば、いってきます!」

「はい、いってらっしゃい」

 小さな麦わら帽子をかぶせて貰って、手を振る雪乃に見送られ、空は元気良く外へ飛び出した。


「あ、そらおはよー!」

 お隣の家へと向かうと玄関前で明良が待っていて、手を振ってくれた。

「おはよー、あきちゃん!」

「あ、そらすずしそうだな。おれもじんべえだしてもらおっかな」

「あきちゃんももってる?」

「うん。あとでばーちゃんにさがしてもらう。じゃあいこっか」

 明良に手を差し出され、空は素直に繋いで歩き出した。この村はバス以外の車などはほとんど走っていないし、空も道路に飛び出したりはしない。

 しかし空にとっては車よりも、車と同じ速度で走って行く村人やそれ以外の未知の何かの方が怖いので、手を繋ごうと誰かに言われた時は素直にそうすることにしていた。

 二人で歩き出し、道の先で待っていた武志や結衣とも合流し、更に歩く。

 毎日の散歩の成果で空も大分一人で歩ける距離が伸びたし、足も速くなった。両方の手を明良と結衣に繋がれ、ご機嫌で跳ねるように歩く。

「すいか、すいか」

「そら、すいかすき?」

「うん、きっと、すごくすき! おいしいのすきだもん!」

「あはは、そらちゃんがそんなにすきなら、わたしもがんばってとるね!」

 そう言って結衣は繋いでない方の手を振り上げた。その手に握られた長い棒がブンと振られる。

 空は首を傾げて高く伸ばされた棒を見上げた。

「ゆいちゃん、そのぼうなにするの?」

「これ? これはすいかをたたくんだよ! ゆいがばしーってやるからみててね!」

「おれももってきてる! わったらみんなでたべような!」

 スイカと棒と言えば空の頭の中にはスイカ割りしか出てこない。前世でもやったことのないスイカ割りというものを見られるのかと思うと何だかワクワクした。

(友達と、スイカ割り! すっごい夏休みっぽい!)


 うきうきと歩いていると、道の脇に小さな小屋が見えた。少し先を歩いていた武志がその前で立ち止まり、空達に手招きする。

「お参りしていこうな」

「うん!」

 武志の言葉に明良も結衣も頷くと、空を連れて小屋の前に皆で並んだ。

 空が小屋を覗き込むと、そこにはお地蔵様が祀られていた。石で出来た像は優しい顔で、どことなくお婆さんぽい印象がある。

 作りは簡素だが、お地蔵様は綺麗な赤い帽子と前掛けを纏い、その前には水や野菜、果物が供えられていた。それを見るだけで、地域の人に大切に祀られている事が分かる姿だ。

「オコモリ様、こんにちは!」

「こんにちはー!」

「こんにちは!」

 子供らが元気よくお地蔵様に手を合わせ、挨拶する。

 空も真似して手を合わせ、ぺこりと頭を下げた。

「こんにちは……おこもりさま?」

「この地蔵の名だぞ。こんにちはオコモリ殿。これは米田家の孫の空だ。よろしく頼む」

 後ろから来たヤナがそう言って、空を紹介するかのようにお地蔵様に声を掛けた。

 まさかこれも動いたりとか何かおかしな事をするのかと空はじっと見上げたが、特に何も起こらない。どうやらただの石像のようで、ちょっとホッとした。ヤナは小さく息を吐いた空の頭を撫でてくすりと笑った。

「ここを通る時は挨拶すると良い。オコモリ様は子供が好きなのだ。きっと守ってくれるからな」

「うん!」

(これが田舎の風習っていうものなのかな? そういえばお地蔵様って、実物は初めて見たかも……)

 空はそんな事を考えながら、とりあえず頷いておいた。

 テレビなどでしか見たことのない、お地蔵様という存在も珍しい。田舎道に良く似合う小さなお堂もノスタルジックで、空にはとても新鮮だ。

 絵になるなぁなどと振り返りつつ、空は手を引かれてまた歩き出した。



「……ここがすいかばたけ?」

 お堂の前の道を曲がってから更に歩く事数分。空達はその道の行き止まりで足を止めた。目の前には木で出来た背の高い塀と門がある。幅の広い板が隙間なく並んだしっかりした板塀は左右に長く続いている。この向こうが畑だとしたら、奥行きによってはかなりの広さを誇る畑だろう予想がついた。

「そう、この向こう。さ、行こう!」

 塀と同じように隙間なく並べた木で作られた門扉は、武志が押すとキィと音を立てて開いた。手を引かれるままに空もその門を潜る。

「うわぁ……」

 門の中に入った空は、思わず声を上げた。塀の中の地面が緑色で埋め尽くされていたからだ。塀の中は空が予想していた通りかなりの広さのある畑で、入り口付近以外のほぼ全てが背の低い緑色の植物で覆われている。

「これ、ぜんぶすいか?」

「うん、広いだろ? スイカは居場所が狭いと嫌がって逃げ出すから、広い場所がいるんだってさ」

「キュウリとちがってあそんでくれないんだよなー」

「スイカってちょっとわがままできむずかしーよね!」

 結衣が大人の受け売りらしいことを言って唇を尖らせる。

 空はその気難しいスイカを緑の中に探したが、よく見えない。もう少し近寄りたいと思っていると、門のすぐ横に立っていた小屋の中から男性が現れた。作務衣に麦わら帽で、手ぬぐいを首に掛けた初老の男だ。

「お、明良来たか」

「あ、じーちゃん。スイカとりきたよ! そら、うちのじーちゃん!」

「おはよーございます!」

 男は、明良の祖父の矢田秀明だった。子供たちが口々に挨拶をすると、秀明もその顔を順番に見てにこりと笑う。

「おう、おはよう。皆元気良いな」

「じーちゃん、スイカとっていい?」

「ああいいぞ。水やりも終わってるし、好きに取ってけ」

「どのへんがいいの?」

 明良の問いに秀明は少し考え、それから敷地の右手の方を指さした。

「あっちだな。この正面辺りのは昨日幾らか出荷したはずだから、右の方見に行くといい。食べ頃のでかいのがあるはずだ」

「わかった、ありがとじーちゃん!」

 秀明に手を振って明良が歩き出し、それについて皆でぞろぞろと移動する。敷地の手前の方はスイカが繁っていないので歩きやすい。

「あきちゃんのおじいちゃんって、みずがかりのひと?」

「そうだよ。じーちゃん、みずまほうがとくいなんだ。だからこういうとこのみずやり、よくするんだ」

「にじ、きれいだったね」

 田植えの時に見た光景を思い出し、空は畑に立つ秀明を振り返った。どこからどう見ても。どこにでもいそうな普通の老人だ。それなのにここではそんな普通の人達が驚くような能力を持っている。良いなぁと少し羨ましく思うが、まだ空には早いのだから仕方ない。

 それよりも今はスイカだ。

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