14:草鞋・極(三歳用)

「ほら、空。これなんかどうだ?」


 大分歩いたり走ったり出来るようになってきたある日の午後、空は庭の片隅の池の側でヤナと一緒に宝物になりそうな石を探していた。

 今日は天気も良く、ようやく雪乃から外に出るお許しが出たのだ。空気も大分春めいてぽかぽかと暖かい。

 空はこちらに来た時に持ってきた子供用の靴が小さくなったので、今は裸足で、雪乃が庭に敷いてくれたシートの上に座っていた。その上に形も色も様々な石がいくつも転がっている。

 空はヤナにここまで運んで貰い、シートの上をうろうろして、手の届く範囲にある石を懸命に集めた。手の届かないもので良さそうなのはヤナが次々に拾ってきてくれた。それらをひとつひとつ手に取ってはじっくり眺めて、陸に送るのに相応しい宝物を探す。


「うーん、かたちが、こっちのがすき」

 ヤナが見せてくれた楕円っぽい細長い石と、手元にある丸い石を比べて悩む。空は丸い石を太陽にかざしてみた。半分くらい灰色のざらざらな表面なのに、もう半分はつるっとしていて、その部分は緑色でうっすら透きとおっている不思議な石だ。田舎という魔境ではそこら辺の石すら普通でないのかと、空は半分諦め、もう半分で感心していた。

 ちょっと見回すだけで周囲には似たような綺麗な石が沢山落ちていて、どれを陸に送ろうか目移りしてしまう。庭はまだまだ広くて、自分で歩いて探せないのが残念だ。近いうちに新しい靴を用意してくれると雪乃が約束してくれたのだが、それがとても待ち遠しかった。

「りく、まるいのすきそう」

 手にした石を転がして、弟の事を思う。陸は良く石を拾っていたが、コロンと丸いものが多かったように記憶している。

 空もやっぱり丸いのを貰ったから、同じような形のこれが良いんじゃないかなと手に持った石を見ていると、ヤナが不穏な事を言った。


「そっちのは、まだ大分長いこと孵らないからつまらなくないか? こっちなら、もうすぐ孵るぞ」

「えっ!?」

 その言葉にドキっとして慌てて彼女の手元を見る。ヤナが持っている石は、空の手のひらに乗るくらいの大きさで、その八割か九割くらい薄青く透きとおっている。

「か、かえるってなに? どうなるの?」

 空が慌てて聞くと、ヤナは手の中の石を目の前にかざして、その奥をじっと覗き込んだ。

「孵るって言うのはな、石が魔素をいっぱいまで吸収して、さらにきっかけを得て何か別の物に変化することを言うのだ。これだったらそうだな……うん、夏頃にはきっと、薄青の綺麗なトカゲになるぞ!」

 理解に苦しむ現象を聞かされ、空は目を丸くした。それから恐る恐る自分の手の中の丸い石に視線を落とす。

「……これは?」

「それは、あと一年……いや、もう少しか? まぁそのくらい後に、んー……カワセミになるかカエルになるかするやもしれんな!」

「それ、うごくの?」

「無論だ。放っておけば逃げ出すから、カゴに入れておくと良いぞ」

「ぼくもりくも、うごくの、こまるかな……」

(……どこから突っ込めば良いんだ)

 カワセミとカエルには天と地くらいの差があるし、そもそもそういう問題じゃない気もする。石が何かになるとか意味がわからない。相変わらず空を縛る前世の常識に対して、田舎の洗礼は全く容赦が無い。思わず遠い目をした空に、ヤナはもう一つ石を差し出した。

「じゃあこっちはどうだ? ヤナの見立てではこれは多分動かぬぞ。なにか花が咲くだろうが」

 差し出されたのは三分の二が薄紅色に染まった、何故か不自然に角の取れたサイコロみたいな四角い石だった。

「うん、それにする……ありがと、ヤナちゃん」

 空はそれを受け取って力なく頷いた。全てが謎すぎて、多少歴史を学んだくらいでは全然ついて行けていない。最近では逆に、やっぱりここは異世界だったといっそ言って欲しいとちょっと思うようになった。

「あ、ねえヤナちゃん、これとうきょうにおくっても、へいき?」

「別に平気だぞ。あ、だが、東京は魔素が少ないのだろ? それだともしかしたら孵らぬかもしれんなぁ」

 そっちの方が助かる空は、笑顔を浮かべて石をポケットに突っ込んだ。あとでこれ以上魔素を溜めないうちに急いで東京に送って貰おうと心に決めて。



「空、これを」

 次の日の朝食のあと、幸生がやって来て空に何かを差し出した。

 空は差し出されたその何かを見て不思議そうに首を傾げ、それから幸生を見上げた。

「じぃじ、これなに?」

 小さな手でそっと受け取ったのは、草で編まれた何かだ。それは空にもわかる。

 空は平たいそれを裏返してみたり、紐を引っ張ってみたりした。しかし空にはそれが何かよくわからなかった。

「……それは、草鞋だ」

「わらじ?」

(わらじって何だっけ。よくわかんない……前世の記憶にもないっぽい?)

 ますます首を傾げる空に、雪乃がクスクスと笑う。

「空、それは足に履くのよ。靴っていうか……サンダルの一種ね。空は都会育ちだから見たこと無いわよね、きっと」

「さんだる?」

(そういえば、こっちには不思議な靴があるって母さん達が話してたけど、アレかな? でも、これは全然すごくなさそう……)


 雪乃は空を連れて縁側まで行くと、そこに座らせて草鞋を受け取った。それからその小さな足に優しく履かせてくれる。今の空には少し大きめだったが、足首の紐を結ぶと丁度良くなった。少しチクチクするが、草の感触はサラリとしていて悪くはない。

「これはこうして足を入れて、この紐を足首のところでくるっとして結ぶのよ」

(……前世の、時代劇で見たことがあるような、無いような? これで本当に大丈夫なの?)

 空の想像していた不思議靴よりも遙かに原始的な見た目のそれに、何だか不安が募る。

 しかし幸生は空が履かせてもらった草鞋を満足そうに見て、何度も頷いた。

「……ちょうど良さそうだな。お前はこれからも大きく育つ。そうしたらまた作り直すからな」

「そう言われてみればそうねぇ。靴より調整が利いて良いかもしれないわね、草鞋なら縛れるから走っても脱げないし……あなた、これは誰の?」

「善三の草鞋だ。あれのが一番安心だ」

「あら、あなたこの前からどこか行ってると思ったら、善三さんとこに頼みに行ってたの? じゃあ安心ね」

「ぜんぞうさんて、だれ? なにがあんしんなの?」

 初めて聞く名前に空が問いかけると、雪乃は庭からも見える集落の向こう側の山を指さした。

「善三さんは、あっちの麓に住んでるじぃじのお友達なんだけどね、わらや竹の細工物の名人なのよ。こういうのを色々作ってくれる人で、その上凄腕の付与術士なんだけど……あなた、これ何付けて貰ったの?」

「完全防御だ」

ドドン! と効果音がつきそうな厳かな声で幸生がそう言った。空の顔が思わず引き攣る。

(……それ絶対、三歳児が履くわらじに付ける奴じゃ無いんじゃない?)

 空は戦きながら自分の足にぴったりと吸い付くように合う草鞋を見つめた。しかしそう思ったのは空だけのようで、雪乃は草鞋を見つめてご機嫌な顔で頷いた。


「ふふ、それならそこいらの草や虫には絶対負けないわね。ちょうど良いわ、空、歩けるようになったし、これからちょっとお隣のお家、行ってみる? 隣には、空より二つ年上の子がいるのよ」

「えっ……あの、むしとりのこ?」

 まだ見ぬ虫取りを思うと、体がぶるりと小さく震える。そんな空に、雪乃は笑顔で首を横に振った。

「吉野さんちの子達とはまた別の子よ。矢田さんちの、明良くんて言う子ね」

「あきらくん……ぼく、なかよくなれるかな?」

「明良くんは穏やかで、面倒見のいい優しい子だからきっと大丈夫よ。確か今日、子供達何人かで山菜を採りに行くって言ってたのよね。良かったら試しに少し混ぜて貰ったらどうかしら。私もついていってあげるから、どう?」

「さんさいとり……」

 空は足下の草鞋を見下ろし、しばらく考えて、それから覚悟を決めたように雪乃を見上げた。山菜なら、あの虫取りほど恐ろしくないかもしれない。

「ぼく、いってみる」

 どうせいつかは通らなければならない道なら、この草鞋をくれた祖父母を信じて飛び込んでみよう。

 空はまるで戦場に赴くかのような覚悟で、ぴょんと縁側から飛び降りた。

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