13:知らない歴史
「ねぇ、ヤナちゃん。なんで、ここと、ぼくがいたとこって、すごくちがうの?」
歩く練習を終え、おやつの大福を食べながら空は隣にいるヤナにそう問いかけた。
今日は雪乃が隣村に用事があると出かけ、家にはヤナと空だけだ。幸生は朝早くから家を出ている。空の体が大きくなって体調を崩す事が減ってから、こうしてヤナと留守番をすることが増えた。
ヤナと空はすっかり仲良くなり、毎日一緒に体を動かす練習をしたり一緒におやつを食べてのんびりしたりしている。
今日のおやつの大福を両手で持って一生懸命かじりつく空を微笑ましく眺めていたヤナは、唐突なその問いに首を傾げた。
「んん? 都会と田舎がちがうということかの?」
「うん。だって、むしとか……ぼくんとこ、あんなにおおきくなかったよ?」
空がそう言うと、ヤナはああ、と納得したように頷いた。
「そういう違いか。それなら理由があるが……うーん、空に説明してわかるかの」
「わかんなくても、おしえて?」
ふくふくしたほっぺたを大福の粉とあんこだらけにしながら空がそう強請ると、ヤナは楽しそうにその口元を拭いて頭を撫でた。
「うむ、じゃあ聞かせよう。とはいっても、ヤナもそう詳しい訳ではないぞ? ヤナはこの家に付いとるから、この家の者らが学んだことを見聞きしただけだからの」
そう言って前置きをして、ヤナはお茶を一口飲むと窓の外に視線を向けた。
「はじまりは、昔々……さて、どのくらい昔だったか。戦国時代が終わったころだったかの? もうちょい後だったか? まぁその昔な、空から星が落ちたのだそうだ」
「ほし? そらで、よるひかる?」
「そう、その星だの。あのな、ある時この世界のどこかに、大きな星が落ちた。その星が、あっという間に世界を変えてしまったのだと言い伝えられておるのだよ」
空は食い入るようにヤナの話に耳を傾けた。
(そう、そういうこと知りたかった!)
ごくりと大福を飲み込む空に向けて、ヤナは思い出すようにゆっくりと世界の話を続ける。
「その星は、なんとも不思議な星でな。地に落ちて粉々に砕けて、その細かい欠片が世界中に広がり、それによって世界に、今、魔素と呼ばれている力をもたらしたそうだ。魔素は全ての命に、いや、命無きものにも不思議な力を与え、その在り方をすっかり変えてしまった。それによって世界は大きく分断された」
「ぶんだん……」
「ああ、ええと、世界が大きく分かれてしまったと言うことだな。つまりな、都会と、ここみたいな田舎とを繋ぐ道を、魔素を得て変わってしまった植物や動物が断ち切ってしまったのだ。魔素は特に植物などに多く吸収され、強く作用したらしくてな……都会は人が多く、自然のものが少ない。だから変化が割と小さかったらしい。それまでは、まぁ不便ながらも都会と田舎にはちゃんと行き来があって、そこに住む者達にも特に違いはなかったのだという話だの」
ヤナはわかりやすい言葉を少しでも選ぼうと四苦八苦しながら話をしてくれた。
ヤナの話によれば、自然の多い田舎は広がった魔素を吸収した存在も当然多く、それらが人を襲ったり道や里を飲み込んだりしたせいで、都会と地方を繋ぐ道は完全に断たれ、星が落ちたのを境に一切の交流が途絶えたのだという。海もまた大地と同じように影響を受けて様々な異変が起こり、船での行き来も出来なくなったらしい。当然、世界中の国同士も分断されたようだ。
更に都会のある地方でも田舎に近い方は植物や動物に襲われて多くの村が滅び、それもあって、地方の町や村はもう全てが植物や動物に飲み込まれ滅んでしまったのではないかと思われていたらしい。
それが江戸時代の初めくらいの話で、それから数百年、都会の人は生き残った者達だけで寄り集まり、自然の浸食と戦いながら、それに負けない大きな都市を作り暮らしてきたらしい。
「それでええと、今から……どのくらいだ? 多分百年は経ったと思うが……そのくらい前にな、国土を再調査する探検隊とやらが都会から各地に出発し、そしていくつもの田舎の村や、そこに住まう民を発見したのだそうな」
「いなかを、はっけん?」
「そう、とうに滅び、無人の地となったと思われていた地方に、人の住む集落が見つかったのだ。ここみたいなとこだな。それは都会に住む人々をそりゃあもう驚かせたらしい」
びっくりしただろうの、とヤナはケラケラと笑ったが、空も結構びっくりした。
それから、長い年月を経て再び出会った人々は戸惑いながらもゆっくりと交流を再開した。しかしそこにはもう、とても同じ文明から別れたとは思えないくらいの、様々な違いが生まれてしまっていたようだ。
地方の人々は確かに星が落ちた事によって一度滅びかけたらしい。しかし落ちた星によって魔素を得たのは人間もまた同じで、しかも自然の多い地方は魔素も多かった。
それらを吸収し生き残った者達は、長年の間にそれぞれの風土に合わせて独自の進化を遂げ、様々な生物と互角に渡り合う、それどころかそれらを狩って食らうほどの、強者へと成り上がっていたのだそうだ。
「じゃあ、だから、ここのみんなはつよくて、ぱぱたちはよわいの?」
「空は賢いな。そう、田舎の者はみな、この過酷な地で生き残った者の子孫だから強いのだ。都会もんは、その逆だの。ひたすら集まって身を守ってきたから強い者は少ない。その代わり、知恵を使って……魔力機関とか言ったかの? ああいう物で街を発展させ、身を守ったりしておるのだ」
「ここにくるとき、のったあれ?」
あの厳つい装甲列車を空は思い返した。そうすると、ああいったものは都会から来る者を守るためにあんなに物々しかったのだなと納得できる。
「うむ、ああいうのは都会もんが田舎とやりとりするために作ったのだ。田舎には魔素資源が多くて、都会ではそれがものすごく欲しいのだそうな。ここまでは滅多に来ないが、魔狩村辺りには一攫千金狙いの連中がいくらかおるぞ」
大抵すぐ逃げ帰るらしいと言ってヤナはまた笑う。
「いなかと、とかいって、なかわるいの?」
「いや、そんな事はないぞ、一応の。だが都市と地方は別れていた間にお上も違えてしもうたからの……日の本がれんぽー制とやらになって久しいし、昨今は大分文化が融合しつつあるが、色々まだ歩み寄れない点も多いらしい。まぁ、何せこっちは都会もんには危険だし、理解出来んことも多いらしいから仕方ないんだろうの。だから関所で管理しとるのだと雪乃が前に言っておった」
「ふうん……よくわかんないけど、りくとあいたいし、なかよくしたいなぁ、ぼく」
お上ということは、どうやら政府まで別らしいと言うことに空はまた驚いた。東京の家からここまで、たった六、七時間だったのにまるで異世界に来た気分だったけれど、それはあながち間違いでも無かったようだ。
ヤナの話してくれた大まかな歴史に納得しながらも、空は首を傾げて横にいる少女を見た。
「ヤナちゃんも、ここでうまれた、かみさまのたまごなの? なんでじぃじのおうちにいるの?」
話疲れたのかお茶を啜りながら、ヤナはその問いにううん、と唸る。わかりやすい言葉を探してくれているのだろう。空もその間にもう一つ大福を取って口に運んだ。
「神の卵などというと大げさだと思うが、まぁ長生きするのもおるからの……あのな、我らのようなものも、魔素の多いこういうところで生まれるのよ。植物や動物、それ以外の命無きもの、果ては人の手で作られ長く愛された物まで……永の年月、多くの魔素を浴び続ければそれらに心が生まれる事がある。人はそういうものを精霊や妖怪、神などと呼ぶのだ」
そう語るヤナの顔はちょっと誇らしそうだ。
「ヤナちゃんは、ヤモリのかみさま?」
「そうだぞ。ヤナはヤモリだ。ピンと揃った鱗が自慢で、特技は壁に張り付くことだ。三百年ほど前にこの地で生まれて心を得て、この家の当主と契約し家守になったのだ。今は幸生と契約しておるが、いずれ空とに変わるかもしれんの。その頃には、空もきっと強くなっておるだろ」
「……ぼく、なれるかなぁ」
自信なさそうにそう呟くとヤナが手を伸ばし、空の頭を優しく撫でた。
「きっとなれるぞ。空は魔力も多いから、大丈夫だ」
「でも、ぼく、まだあるくのもうまくないよ……ぱぱ、とうきょううまれだっていってたし」
自分の今の体の把握すらうまく出来ていないのに、本当に大丈夫かと空は不安だった。虫取りしていた子供達みたいに、あんな跳び蹴りをかましたり出来るようになれるのか、と最近つい考えてしまう。
「ははは、空は子供なのに心配性だの。確かに空の半分は都会生まれだが、紗雪は強かったし、都会もんでも強くなるヤツはおるんだぞ。その自信がないところは、紗雪に似たのかの?」
「まま、いなかおちしたってないてた……」
空のその言葉にヤナは眉を寄せ、フン、と鼻を鳴らした。
「紗雪はまだそんな事を言っとるのか、全く。そうさな……もし空が自分で強くなれなかったら、ヤナのような守り手を探すのもいいぞ。田亀家のように、魔獣と契約する道もある」
「かみさまとか、キヨちゃんに、まもってもらうの?」
「うむ。あのな、心を持ったものは、同じように心を持つ者の側に添いたがる習性があるのだ。だから、人の住む場所の近くには、色んな奴がおる。危ないのもおるから、一人では近づかん方が良い事もあるが……そういうのは、おいおい雪乃に教えて貰うが良い。今から心配するな。ここにいるうちは、ヤナがちゃんと守ってやるでの!」
「うん、ありがとうヤナちゃん」
色々聞いて、少しだけ世界のことが理解できて空は安心した。何だかおかしなこの世界の田舎で生きていけるのか、まだまだ不安は多い。それでも周りには優しい人が沢山いるからきっと大丈夫だと素直に思えた。もし大人になっても無理そうなら、紗雪のように田舎落ちする手もあると思えば気も楽だ。
(どうしても駄目だったら、田舎落ちして普通に働こう……)
とりあえず今日は、もう少し歩く練習をしようと決めて空は大福の残りを飲み込んだ。
お皿に山盛りだった大福は気づけば一つも残っていなかった。
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