12:急な成長

 あれから更に一週間が経った。

 空は雪乃やヤナ、時々幸生に献身的に世話をされ、ようやく起き上がって動ける位にまで回復した。しかしながら起きられるようになってすぐに思ったことは、なんか体が変で動きづらい、と言うことだった。まだどこかおかしいのかと不安になった空に、その理由を笑って教えてくれたのは雪乃だった。


「ほら、空見てごらん」

 そう言って雪乃に抱っこから下ろされて、空は姿見の前に立って目を見開いた。

「……りく? りくがいる……ばぁば、りくが、かがみにいる」

「そうね。双子だからそっくりねやっぱり。空もやっと陸くんと同じくらいの大きさになったわね、おめでとう。思ったより早くて、本当に良かったわ」

 鏡の中に映る空は、弟の陸とほぼ同じ大きさで、本当にそっくりだった。この二週間寝込んでいる間に、空の体は急成長を遂げていたのだ。

(僕、ほんとに大きくなったんだ。たった二週間で……ファンタジーだ)

 自分に起きた急激な変化に空は戸惑い、けれど嬉しくて目が潤む。道理で関節があんなに軋んだ訳だと納得もした。空は鏡に映る自分の顔にそっと手を伸ばすと、同じ姿の弟や家族のことを思った。

「りく、げんきかなぁ……ぼく、みんなにみせたいな」

「そうね……もうちょっと我慢してね。今年の暮れか、来年にはきっと皆もここに来れるから。空が元気になって大きくなった事は、ちゃんと知らせておくからね」

「うん……」

 ちょっと寂しくなって、隣に座る雪乃に甘えてぎゅっと抱きつく。急に成長しすぎたせいかまだ体が上手く動かせなくて、立っているだけでも足下がふらふらしている。バランスが狂ったせいか、伸びた背丈に対して筋力がまだ足りていないのか、空には判断がつかない。もしかしたらその両方なのかも知れない。

 雪乃は空をまた抱き上げると、優しく背中をポンポンと叩いてくれた。

「元気になったから、ちょっとずつ歩く練習をしましょうね。もう少し暖かくなったら外で遊んでも良いからね」

「うん。ばぁば……ぼく、おそといけたら、たからものさがしたいな。そんで、りくにおくるの。やくそくしたの」

「あら、いいわねぇ。そうね、じゃあヤナに手伝って貰うといいわ。ヤナはこの家の敷地のことなら何でもよく知っているから」

「おうちのなかにも、たからものあるの?」

 空が首を傾げると雪乃は微笑んで歩き出し、そのまま縁側に向かった。途中で自分のコートを持ち出して、空をそれでぐるぐると巻く。

「まだ寒いからね」

 縁側から外に出ると春先の日差しが暖かい。けれど確かに空気はまだ冷たくて、薄着で駆け出したいような気温ではなかった。

「ほら、空、見てごらん。家の庭は広いから、ちょっとした綺麗な石とか、花とか、鳥の羽とか、そういうのなら結構見つかると思うのよ」

「ほんとだ……ひろぉい。ここ、ぜんぶじぃじのいえ?」

「そうよ。ほら、この前庭の向こうに塀があるでしょう。あれが裏まで続いているの。ぐるっと囲んでいるところ全部よ」

(そういえばお風呂場とか玄関だけで、東京のマンションの子供部屋が入っちゃいそうだったっけ……田舎すごいな)

 雪乃は縁側からサンダルで外に出ると、空に見せながら前庭を横切って家の裏手の方へと向かう。

 確かに、米田家の敷地は広かった。前世も都会暮らしだった空の基準からすると信じられないくらい広い。家自体も大半が平屋で、一部だけ二階建ての贅沢な造りだ。広い敷地をぐるりと塀が囲み、表側にも裏側にも倉庫や倉があり、前庭は立派な日本庭園だ。裏には更に小さな池と家庭用の畑まであった。


「あ、空、なにしてるんだ?」

「ヤナちゃん」

 裏庭に入り、畑が見える辺りまで来るとパタパタと草履の音をさせながらヤナが駆けてきた。裏庭の端には赤い屋根の小さな小さな社があり、普段ヤナはそこに住んでいるらしい。

「あんね、ばぁばに、にわみせてもらってるの。ぼく、りくにおくるたからものさがしたいんだ」

「そうか、宝物か! うんうん、宝物探しは良いな、楽しいな! あ、ならヤナが尻尾をやろうか? 前に扉に挟んで切れてしもうたやつ、まだ取ってあるぞ!」

「し、しっぽは、いいかな……ぼく、きれいないしとか、そういうのがほしいなぁ」

 空はふるふると首を横に振った。ヤモリの切れた尻尾は全力で欲しくない。きっと陸も送られてもすごく困ると思う。

「そうか? じゃあヤナが綺麗な石があるところに連れて行ってやる! 裏の池にも、畑から避けたのも、石ならあっちに色々あるぞ」

 今すぐ行こうとばかりにそわそわと体を揺らすヤナを、雪乃が窘めた。

「駄目よ、ヤナ。まだ空は体が急に大きくなって上手く歩けないの。まずその練習をしてからね。それに、まだ空が外で遊ぶにはちょっと寒いわ」

 もう三月の終わり頃なのだが、田舎の春は遅い。空は急成長したとはいえずっと寝込んでいたのだ。冷たい空気に晒され、また熱を出したりしては大変だと雪乃は止めた。ヤナもそれには同意し、うんうんと頷いた。

「それなら、まずはヤナと歩く練習をしような。何、春先なら石はそうそう逃げ出さぬから、ゆっくりで良かろう」

(……石が逃げ出す? そうそうって事は、時々は逃げ出すの? 春じゃないとどうなるの?)

 突っ込みたかったが答えを聞くのが怖いので、空は頷くだけで黙っていた。

 こうやって聞けない事ばかりが増えていく気がしてならない。いつかどこかで、ちゃんとこの世界について聞いてみないといけないと空は考えながら、ふと気になっていたことを思い出す。


「ねぇ、ばぁば。ここのかぶとむしって、はるにもいるの?」

 この村に来た時に見た、衝撃的な虫取りを思い出しながら空は雪乃に問いかけた。

 空の知るカブトムシは夏に出る虫で、春にはいないと記憶している。

 前世の記憶にあるものだけではなく、去年の夏に、樹が父と出かけたデパートでカブトムシを買ってもらったと大喜びで飼っていた。小さな虫かごに入っていたあれは確かに空の知る普通のカブトムシだったと思う。

 まぁこの間見た奴とはそもそもの大きさがあまりにも違うので、参考にはならないのかも知れない。空がそんなことを思い返しながら首を傾げたのを見て、ヤナもまた首を傾げた。

「あれらは一年中そこいらにおるぞ? 都会では違うのか?」

「いちねんじゅう……なつだけじゃないんだね」

「あら、東京では夏だけなの? 都会のカブトムシって随分軟弱なのねぇ」

 雪乃も不思議そうに呟く。

 都会と田舎では全てにおいて何か深刻な断絶があるようで、空は何だか少し怖くなった。ホントにここは日本なんだろうかとついまた疑いたくなってしまう。ここに来る時、列車に乗って眠っている間に、実は知らない世界に連れてこられたんじゃないか、と。


(トンネルを抜けたら雪国ならぬ異世界だった、とか……無いと言って欲しい)

 そんな空の内心など知りもせず、ヤナは空の顔を覗き込んで無邪気な笑顔を見せた。

「空も走れるようになったら、虫取りに混ざると良い。あれの角は子供らが一番最初に自分で作る武器の良い材料になるでな! いつもクワガタと人気を二分しておるが……空はどっちが好きだろうな? 両方捕って、それから考えても良いぞ!」

「そうね、まだしばらくは家の敷地内にいて欲しいけど、走れるようになったら近所の子に紹介するわね。きっとお友達ができるわよ」

「ウン、ボク、タノシミダナ……」

 ヤナと雪乃が楽しそうに空に笑いかけるから、空もそれに応えて一生懸命笑顔を浮かべる。

 大分引きつっていた気がしたが、それでも一応笑えたと信じたかった。

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