10:むしとり(概念)

 窓の外は坂道と森ばかりだったが、やがて道が少しずつ平坦になり、木々の層も薄くなって明るくなってきた。曲がりくねった道を通り抜け、山を下りると谷間の集落が見えてくる。

 規模は小さく、やはり一カ所に余り密集せずに暮らしているらしいことが見て取れた。

「ばぁば、ここ?」

「ここはまだ途中の別の村よ。魔狩村ね、この辺りは」

 村はこじんまりとして、遠目から見ればいかにも田舎の農村といった雰囲気だった。谷間ギリギリまで広がった田んぼや畑は、網や電気柵っぽいものや木で作られた塀に囲まれ、途中途中に作業小屋や倉庫のようなものも点々と見える。それは空にとっても珍しい気はしない。しかし田んぼや畑の間を通り抜け村が近づくにつれ、空の中に残る『普通』とは大分違うところが幾つも目に留まる。


(……壕があるし、塀はなんかもう塀を通り越して城壁って感じ。上に登れるみたいだし、なんか武器みたいなのも設置してあるっぽい……?) 

 谷の中心にある住宅街とおぼしき場所は、昔テレビで見た遠い国の古い城塞都市のような、立派な壁でぐるりと覆われていた。その手前の壕もとても大きい。いざという時は外せるらしい跳ね橋を眺めながら、バスは集落の横の田んぼの中の道を走って行く。

「あのかべのなかに、むらがあるの?」

「そうよ。ここはこの近くの村の臨時の避難所みたいになってるから、壁が立派なのよ。うちの村の近くで大物が出た時は、空もここに預けるかもしれないわね」

(……熊か何か出るのかな)

 大物というのが何なのかは置いておいて、その時はぜひそうして貰いたいと空も思う。この壁は大きいから安心できそうだし。


 やがて窓枠からゆっくりと壁に囲まれた村が消えていき、景色はまた田畑と森だけになった。代わり映えのしない緑を見ながら、空は気になったことをもう少し聞いてみようと雪乃を見上げた。

「ねぇ、ばぁば、このバス、どうしてすわるとこが、みんなおそとむいてるの?」

 この客車に乗った時からの違和感について、まずは問いかける。

 すると雪乃は手を伸ばして空の頭を撫でてくれた。

「空はよく気がつくわね。これはね、中から外がよく見えるようにしてあるのよ。何か近づいてきたら乗ってる人がすぐわかるように。あと、扉が両脇と後ろと合わせて三つもあるでしょ? これはキヨちゃんのことを怖がらないような動物が出てきた時に、すぐに飛び出して戦えるようになってるのよ」

「へぇ……す、すごいね」

 思ったよりもバイオレンスな理由に、空はドン引きした。けれど反対側を向いている座席に座る幸生を振り返り、同時に安心する。

「私もじぃじもちゃんと見てるから、空は安心してて良いからね」

「はぁい。ありがと!」

 狭い車内では余計に圧を感じる幸生の存在を頼もしく思いながら、空もまた外を眺めた。

 道は再び坂となり、小さな山を越える。そうしてそれを下りるといよいよ祖父母の住む村が見えてきた。


「あそこ? あそこがむら?」

「そうよ。空がこれから住む、魔砕村よ」

「わぁ……!」

段々と近くなってきた村は空が想像していたよりもずっと普通だった。さっきの村のように物々しくない。空が憧れていた田舎の村そのものに見える。

「子供も沢山いるから、きっとお友達が出来るわよ」

「ほんと!? やったあ!」

 喜びつつも、限界集落みたいな立地なのに子供がいるのか、と空の記憶が呟く。前世の偏見が捨てきれない。そんなことではこれから苦労しそうだから、早く捨て去りたいと空は意識してはしゃいだ声を出した。

「ぼく、ともだちと、そとであそびたいな」

 考えれば田舎は前世の空の憧れの地なのだ。目に入る景色はその憧れのままで、これならちょっとくらいバイオレンスでも、楽しいことも待っているに違いないと気分が上向く。

 ずっと昔から憧れだった『田舎のお祖父ちゃんち』と言う場所で、これから大きくなるまで暮らせるのだ。ここだったらきっと野山で虫取りしたり川で泳いだり魚釣りしたり出来るに決まってる。

 おまけに空はまだ三歳。毎日が夏休みみたいな日々が過ごせちゃうんじゃないだろうかと、段々ワクワクしてきた。


「沢山遊べるわよ。皆色んな遊びを知ってるから、きっと空にも教えてくれるわ。あ、ほら、あそこに吉野さんちのケイ君達がいるわよ」

「えっ、どこ?」

「ほら、あそこ。皆で虫取りしてるわ」

 空は座席から身を乗り出して雪乃の指し示す方向を見る。すると、遠くてはっきりしないが、左前方の田んぼと林の境目の辺りに空よりいくつか年上そうな背丈の子供が数人立っていた。

「むしとり」

 空は呟いた。確かに、子供達は集まって虫を捕っているように見える。

 その虫が空より大きなカブトムシでなく、子供達が投げ縄で虫を絡め取り、それを皆で引っ張って地に落とそうとしているのでなければ、きっと微笑ましい光景だったろうと思う。

 引きずり下ろされ暴れるカブトムシの角の攻撃を男の子が華麗に避け、別の子が跳び蹴りをかました。

「ぼく……むしとりは、まだ、いいかな」


(田舎、怖い!)

 ワクワクした気持ちは一瞬で行方不明になった。

 空は狩りの獲物を持ち上げてはしゃぐ子供達から目をそらし、ここに馴染むためにはいっそ前世の記憶を今すぐ失った方が良いんじゃないか、と再び強く思ったのだった。

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