8:ラーメンは美味しい
「空、そーら、乗り換えよ」
「……寝かせとけ。俺が運ぶ」
うとうとしているとふわりと体が浮かぶような感覚がして、空はもそもそと身じろぎした。
「あら、起きた?」
目を開けると祖母の雪乃の笑顔が見えた。視線を上に向ければ祖父の幸生の顔も。空はどうやら自分は幸生に抱っこされているらしいと気がついた。太い木の枝のような幸生の腕は安定感が抜群だ。
「ここ、どこ?」
「県境にある駅よ。ここで関所を通って乗り換えなの」
関所……と困惑しつつ空がキョロキョロと周囲を見回すと、どうやら駅の構内らしい風景が目に入る。人は一応ポツポツといるが多くはなく、売店もあるが余り大きくはない。
(地方の小さめの新幹線駅っぽい……)
そんな感想を抱きながら、空は幸生の腕の中から物珍しく見物を続けた。雪乃と幸生は空を抱っこしたままホームの階段を下り、改札のように見える場所へと進んだ。
近寄ってみるとそこは改札と言うにはかなりしっかりした造りで、どちらかというと空が前世で知っている、空港の入国管理ゲートのように見えた。係員が二人ほどいて、ゲートをくぐる人から何かを受け取って確認している。少し待っていると空達の番になり、祖父母二人は係員の前まで歩み寄った。
「ライセンスを拝見します」
「はい」
「……」
手を出した係員に、雪乃と幸生がポケットから金色のカードを出して渡す。
係員はそのカードに少し目を見開き、確認するとそれぞれに返却して空を見た。
「そちらのお子さんは?」
「孫です。魔素欠乏症で、田舎での療養が必要と診断されて預かることになったの。これが書類です」
そう言って雪乃が手に持っていた書類を渡すと、係員はそれに目を通し頷いた。
「はい……確かに、確認しました。治療とはいえ魔砕村にこんな小さな子が……特一級ライセンスのお二人が保護者なら安全なんでしょうが……とりあえず許可書類は揃ってますが、一週間以内にお住まいの地域の役場にも届け出をお願いします」
「わかりました、ありがとう」
「お大事に」
心配そうにそう言ってくれた係員に笑顔で手を振りつつ、今マサイって言った? ここホントに日本? などと空は静かに混乱していた。
「ねぇ、ばぁば、らいせんすってなーに?」
とりあえずわからないことは少しずつ子供らしく聞いてみよう、と空は雪乃に声を掛けた。
「ライセンスって言うのはねぇ、この人は強いから、危ない場所でもへいきですよっていうことが書かれたカードのことよ。ほら、これがばぁばのなの」
かざされた金色のカードには雪乃の顔写真と、特一級と大きな文字と、それより細かい文字で戦技とか魔法とか治療者とか書いてあるのが見えた。ファンタジーだ。
「なんてかいてあるの?」
「これは、この写真の人はこの国で一番危ないとこでも行っていいよってことと、ばぁばの得意な事が書いてあるの。ばぁばが誰かの怪我を治すのが得意だってこととかね」
「そんなことできるの? ばぁばすごい!」
「そうよ、ばぁばはすごいのよ! でも空がこれから行く村の人はみんな、特技は色々だけど同じようにすごいから面白いわよ!」
と言うことはつまりこれから行くのはこの国で一番に近い危険な場所だということだろうかと空は思ったが、とりあえず幸生のたくましい腕にしがみついて不安をごまかした。
「空もいずれ取るといいわ。もうすぐ二級まで持ってれば村の出入りは自由になるしね」
「……とれないと、はいれないの?」
「入れないってことはないけど、戦闘能力審査とか身元引受人の確認とか色々あるから……えーと、取ったほうが便利ってことよ」
「ままももってるの?」
「そうよ、でも紗雪は……魔力が規定に足りなくて、うんと頑張ったのに準一級条件付きまでしか取れなかったって悲しんで、それで村を飛び出しちゃったのよ。それでも十分だったのに……」
どうやら母の紗雪は、生まれ育った村で保護者や条件なしで住み続ける為に取りたい資格があったのに、それに満たない自分の才能を悲観して村を離れた、と言うことらしい。幸生が村の危険指定を下げようと頑張ったということだから、多分そう言う人はそれなりにいるんだろうと空にも想像が付く。
「まだ空には大分早いから、考えなくて良いからね。今は村でいっぱい食べていっぱい遊んで、早く元気にならなくちゃね!」
「うん!」
不安をごまかしながらも空は精一杯元気にお返事した。もし村が怖かったら祖父母の家で引きこもろう、と密かに決意しながらだったが。
そんな話をしている間に三人はゲートから離れ、別のホームへとやって来た。そこにはすでに列車らしき物が止まっていた。しかしそれもやはり空の知っている田舎のローカル電車なんて可愛い物じゃなく、小型ではあるが装甲車としか言えないような代物だった。
しかもここに来たときに乗っていた物よりも装甲が更にいかつく、砲塔まで付いている。列車は四両編成で、その砲塔のついた戦車のような見た目の小型の車両が両端に一台ずつ繋がり、その間の少し長めの二両が客車らしい。
(こっわ! 田舎ってこんなのが必要なの!?)
空が目を丸くして固まっていると、それをどう受け取ったのか幸生が頭を撫でてくれた。
「……県の陸軍の払い下げだが、この辺ならこんなもんでも十分だから安心しろ」
(どう安心なのか全然聞きたくない!)
不安の方向性が違うとか、県の陸軍て何とか、この辺じゃなくなったらどうするのかとか突っ込みたいことは多数あったが、心臓に悪そうだから空はまだ聞かないでおくことにした。
そんな空の募る不安とは裏腹に、走り出した装甲車の細い窓から見えたのは、意外にも普通の町並みや田園風景だった。県境の駅周辺はそれなりに開けていて建物も多く、そこから離れると段々と田んぼや畑が増えていく。ローカル線らしいゆっくりめの速度で列車は走り、時間と共に風景は田舎から更に田舎へと移り変わってゆく。
山が近くなり、森が増え、谷間や盆地のような場所に作られた町もいくつか通り過ぎた。どの町も空の知る日本の家屋が集まって出来ていて、目新しさは少ない。ただ、一つ一つの町がかなり小さく点々と密集していて、場所によってはぐるりと塀や堀に囲まれているように見えて、そこだけが空の記憶の中の田舎町とは少し違っている気がした。
「まち、ちいさいね」
窓の外を見ながら空が呟くと、そうね、と雪乃が笑う。
「この辺は四から三級くらいの危険地帯だからね。家は集めて置いた方が守るのに都合が良いんだけど、余り一カ所に人が多く集まるとそれも危ないから、町は小さく分散してるのよ」
「ねぇばぁば、いなかって、きけんなの? ぼくんちのとこと、ちがうの?」
「そうねぇ、田舎は確かに危険も多いけど、危険を避けたり、自分を守る方法を知っていれば大丈夫よ。空の住んでた都会とは、多分住んでる人もそれ以外も違う世界かなっていうくらい違うと思うけど……何が違うかは、住んでみればわかるわきっと」
そう言って雪乃は空の頭を優しく撫でた。
空の頭の中は疑問で一杯だが、何から聞けばいいのかわからないくらい何もかもわからない。とりあえず自分が持っている常識のほとんどを諦めなければならないことだけは確かなようだ、と空は気持ちを改めた。
どう考えてもこの世界自体が、空のうっすらとした前世の記憶にあるものと完全に別物だとしか思えないのだ。なまじ似ているからいちいち混乱してしまう。もう完全に割り切る必要がありそうだった。
(さらば前世の常識……ってそんなに簡単に割り切れなさそうなんだけど。いっそこのうっすらとした記憶がなければ子供らしくはしゃげた気もするのに……)
そんなことを考えながら景色を眺めている間に列車は小さな町の一つに停まった。そこでお昼を食べて乗り換えると言うことで、空はまた幸生に抱えられて列車を降りた。
お昼はラーメンだった。空にとっては今世生まれて初めての本格的なラーメンだ。雪乃に小さなどんぶりにとりわけて貰って冷ましながら一生懸命啜り、美味しくて替え玉を二回頼んで、それでも足りなくてもう一杯食べた。
おかわりする? と雪乃に優しく聞かれるとつい甘えて頷いてしまう。店主もにこにこと替え玉の上にチャーシューをおまけでおかわりしてくれて空を喜ばせた。同時に、ものすごく食べる三歳児を誰も変だと言わないので空はホッとした。
ちなみに幸生は四杯、雪乃も二杯食べていたから、この辺では珍しくないのかもしれない。
お腹が膨れた空が幸生に抱えられてうとうとしている間に三両に減って更に尖った列車に乗り換え、再び目を覚ます頃にようやく目的地の駅に到着した。
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