7:しばしの別れ

 そして、ついに旅立つ日。

 迎えに来た祖父母と空たち家族は東京駅で待ち合わせをした。

 覚えている限り初めての遠出に空はちょっと興奮していた。陸と並んで電車の窓から外を眺めるのも楽しかったし、ここに来るまでの街並みや電車が普通に空の記憶にあるものと変わりなかったことに少し安心もした。

 だが、田舎への列車の出るホームへと行くと様子が少し違っていた。

 ホームの位置は空の前世で新幹線があった場所と大差ないはずなのに、止まっている列車が全然違う。先頭車両はごつい装甲車のような見た目で、すごく大きい。客車も全体的に装甲が厚くて厳つく、どの窓にも鉄格子がはまっている。その上全体が緑色の迷彩柄をしていた。

「うっわかっけー! 最新型の魔走装甲列車じゃん! いいなー、俺も乗りたい!」

 ポカンとする空の前で、樹が大騒ぎしている。

「駄目よ樹。里帰りできるようになったら皆で乗って空に会いに行くから、それまで待ちなさいね」

「これが出来てから山越えが随分楽になったって言うよね。空、乗り心地も良いらしいから安心だよ」

「う、うん……」

 父は笑ってそう言ったが、むしろこんな厳つい乗り物じゃなきゃ越えられない山に不安しかない。

 しかしここまで来たなら仕方ない。祖父母がいるから大丈夫だろうと覚悟を決める。

 祖父母は紗雪から空の荷物やお土産を預かり、もう準備万端だ。

 そろそろ列車に乗る時間かと空が思っていると、トントン、と肩が叩かれた。振り返ると兄や姉の顔がすぐ傍にあった。


「空、これやるよ! 俺の宝物!」

 差し出されたのはロボットのおもちゃだった。確かに、樹が楽しそうにこれで遊んでいるのを何度も見た記憶がある。

「いいの?」

「うん! グレートエターナルスター1号機だ! 大事にしろよ!」

 微妙な名前だと思いつつも、兄が宝物を譲ってくれた事が嬉しくて、空はそっと受け取った。樹は父によく似た顔でにかっと笑って、空の頭を少々乱暴に、けれど何度も撫でてくれた。

「ありがとう、おにいちゃん!」

「へっへー、それすごい強いんだぜ! ピンチになるとまりょくきかんがオーバーヒートして、いっせんばいの力が出るんだ! そんで最後は大爆発して星になるんだぜ!」

 それはかなり駄目なロボなんじゃないだろうかと空は思ったが、黙って笑顔を浮かべておいた。


「空! わたしも、これあげる!」

 そう言って小雪が渡してきたのは、彼女のお気に入りの絵本だった。空も何度か読んで貰ったが、可愛らしいうさぎが友達と力を合わせて大きな花畑を作る、可愛いお話だったはずだ。

「いなかにいってもわたしのことわすれないでね! そんでつよくておかねもちになって、おっきな家たてたらわたしもよんでね! あとかっこいい男の子がいたらしょうかいしてね! わたしのことは、このうさぎちゃんみたいにかわいくていいこだっていっておいて!」

「うん、ありがと、おねえちゃん」

 前世でも女の子の成長は早いと言う話だったが本当らしい、と空は思ったがとりあえず笑顔で頷いておいた。小雪は一瞬泣きそうに顔を歪めたが、それでもぐっと笑顔を作って空を抱きしめた。

「空、陸よりちっちゃいね……つぎにあうときは、きっとおっきくなってるよね」

「うん……そしたらぼく、おねえちゃんまもってあげるね!」

「えー、なまいき! でも、たのしみにしてる! やくそくね!」

 そう言って小雪と空は指切りをした。小雪はちょっとだけ目尻を拭って、それから照れたようにぷいと顔を背けた。


 最後に、陸が側に来て空にぎゅっと抱きついた。

 今日の陸は朝からずっと泣くのを我慢している顔をしていたけれど、もう行っちゃ嫌だとは言わなかった。

「そら、これあげる」

 そう言って陸が差し出したのは、去年の遠足で拾ったと言って宝物にしていた綺麗な丸い石だった。

「りくのたからもの……いいの?」

「うん。そらだから、いい」

「ありがと……ぼくも、むこうでたからものみつけたら、りくにおくるね」

「うん。まってるね!」

 笑顔で約束を交わし、もう一度ぎゅっと抱き合う。もう年が一歳か二歳くらい違うみたいに、二人の背丈には差が出ている。それが空には少しだけ悔しい。早く追いついて、一緒に沢山遊ぶんだ、と強く思った。


「空、そろそろ時間だよ。おいで」

 父の隆之が空を抱き上げ、顔を覗き込んでくる。隆之はいつもと同じ優しげな顔をしていたが、その目が母と同じように赤いのに空は気がついた。

「空、パパも頑張って働いて体も鍛えて、皆で会いに行くからね。お祖父ちゃんお祖母ちゃんの言うことよく聞いて、早く元気になろうな」

「うん、ぱぱ、まってるね!」

 空が元気に頷くと隆之は笑顔を浮かべ、名残惜しそうに空の頭や背を何度も撫でた。そして今度は紗雪の手に渡される。

「空、沢山食べて、いっぱい寝て、遊んで、元気になってね。ママも頑張るから……」

「うん、ぼくいっぱいたべる! げんきになるから、みんなできてね!」

「うん、うん……待っててね、空」

 そう言って紗雪は空を強く抱きしめた。少し苦しかったけれど、空も精一杯両手を広げてぎゅっと母に抱きつく。温かくて柔らかくて、良い匂いがする。空の大好きな匂いだ。全部忘れないようにと、空は目を瞑って息を深く吸い込んだ。

 やがて乗車を促すアナウンスが聞こえ、雪乃が紗雪に声を掛けた。空は雪乃に渡されて抱っこされたまま列車に乗った。手にはロボットと絵本と小石をしっかり握って。

 祖父母と取った席に移り、空は窓の格子の向こうに家族の顔を探した。すぐにお互いを見つけて、手を振った。ずっと我慢していた陸はついに泣いていた。

 陸だけじゃなく、両親も、兄と姉も泣いている。

 空も泣いていたけれど、でも頑張って笑って手を振る。これは空が元気になるための旅立ちで、永遠の別れじゃない。だから一生懸命笑顔を浮かべて、手を振った。

 やがて列車はゆっくりと動き出し、それを追って走る兄弟の姿も見えなくなって。

 空はそれから、祖母に抱きついてまた少しだけ泣いた。

 そのまま空が眠ってしまうまで、祖母は優しく背中を撫で、祖父は時折頭を撫でてくれた。

 こうしてこの日、空は生まれ育った東京をあとにしたのだった。


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