6:僕と兄弟


 祖父母の訪問から二週間後に、空は田舎に旅立つことが決まった。空の体調や今後の成長のためにもできるだけ早い方が良いと医者に勧められたからだ。

 この二週間で、隆之と紗雪や祖父母は空のための様々な準備を進めた。


 まず空が田舎に引っ越すための許可がいるということで、田舎での療養がどうしても必要だという医者の診断書を貰うところから始まり、保護者の登録やそのライセンスの確認など、必要な書類が色々あったらしい。これらがどんなもので、何故必要なのか空にはよくわからなかった。だが紗雪曰く、「これがないと関所を越えられないのよ」とのことで、関所!? と空を驚愕させた。


 それが済んだら紗雪は空の身の回りの物を色々と用意した。普段使っている物もそうだが、これからすぐ必要になるだろうものまで色々だ。

 特に服は、空を向こうに連れて行けばすぐに成長期が始まる可能性があると雪乃から言われていたため、大きめのサイズの服を兄のお下がりを始め多めに用意していた。

「靴はどうしようかしら……多分すぐ小さくなるわよね」

「向こうにも店くらいあるんじゃないのかい?」

「向こうの店はサイズ自動調整とか、防御や速度上昇とか、付与が掛かった物が多いから、子供用でもかなり高いのよ。今、小雪の入学準備で色々物入りだからどうしようかな……」

 何その便利靴めっちゃ面白そう、と思ったが空は黙って両親の傍で積み木を積んだ。意識はそちらに完全に持って行かれていたので何を作っているかは本人にもよくわからなかったが。

「じゃあとりあえず、これから暖かくなるし、ゆるめのサンダルでも用意しておくとか」

「うーん、サンダルだと草に足を噛まれたりしないかな……危険植物は駆除したって言ってたからいけるかしら……」

 草に足を噛まれるって何!? と空は仰天したが、出来上がった積み木の家らしきものをぐしゃっと崩して動揺を抑え込んだ。

 結局、紗雪は雪乃に相談し、大きくなったら向こうで用意するから大丈夫、と言うことになったらしい。空は今から謎の靴を楽しみにしている。


 服や靴の用意が終われば、あとは空の荷物などさほど多くはない。何か持っていきたい物はあるかと聞かれたので、誕生日に陸とおそろいで貰ったイルカのぬいぐるみを空は選んだ。寝てばかりいた空には他に特に思い入れのあるおもちゃもなかったからだ。

 何か必要になれば祖父母が用意するからと言う言葉に紗雪は甘え、結局空の荷物は段ボール一つ分くらいに収まった。


 それよりも大変だったのは兄弟達への説明だった。

 空はこれから何年も、多分成人前くらいまで田舎の祖父母の家で暮らす事になると話した時の兄弟達の反応は様々だった。

「えっ、いいなー! 空だけ!? 何で!? じいちゃんとこってすっげー魔獣とかいっぱいいて、強い狩人が日々しとーしてるんだろ!? 俺も行ってみたい!」

 と騒いだのは兄の樹。やんちゃ盛りの小学二年生で、見た目だけなら父に似て穏やかなインテリになりそうな容姿をしている。しかし中身は全く真逆の勉強嫌いで、膝小僧から絆創膏がなくなったことがない元気な少年だ。


「いなか行くの!? 空ずるい! いなかってつよくておかねもちで、しょうらいゆうぼうなカッコいい男の子がいっぱいいるんでしょ? 小雪も行きたーい!」

 と体をくねくねさせて羨ましがったのは姉の小雪。こちらも父似で、さらりとした真っ黒な髪を綺麗に伸ばして、それなりに将来が期待できそうな雰囲気の幼稚園の年長さん。大人しそうな見かけに反して、野心溢れるちょっとおませな女の子だった。


「いーやーだー!!! そら、どこにもいっちゃやだぁー!!」

 とギャン泣きしたのは弟の陸。ちなみに陸と空は今のところどちらかと言えば母似の顔をしている。まだ幼児なので可愛い以外の形容詞はつかないが、栗色のふわりとした髪は双子だから当然おそろいで、寝癖の付き方までそっくりだ。


 そんな風に、兄と姉の田舎観は空にとって謎だったが、とりあえず二人は田舎に行くのは羨ましいが先日初めて会った祖父と暮らすのはちょっと怖いので、いずれ家族で遊びに行くと言うだけで納得してくれた。

 納得しなかったのはもちろん陸だ。

 空が田舎に行くと聞いてから陸はすっかり拗ねて父や母と口をきかなくなり、空に四六時中張り付いて保育園も登園拒否するようになってしまった。

 紗雪は仕方なく保育園に事情を話し、陸はしばらくお休みすることになった。

 空と陸は朝からぺったりとくっついて座り、二人で絵本を読んだりテレビを見たり、積み木を積んだりして一緒にのんびりと過ごした。陸が保育園に行き始めてから、一緒にいる時間は減っていたので、空もちょっと嬉しかった。


 陸と一緒に適当に積み木を積みながら、空は紗雪が掃除をしながら見ているテレビに耳だけ傾けていた。

 意識して聞いていると、子供向けの番組は空の知るものとあまり差はないようだったが、さすがにニュースなんかは結構違っていることにやっと最近気がついたのだ。

 天気予報に今日の魔素濃度予報が入っていたり、ニュースの中にダンジョン産資源やエネルギーの先物取引相場がどうとか、新型の魔力機関を使った列車の運行がどうとか言う話がちょいちょい入ってきて、この世界のファンタジー感が増す。

 もっと色々な話を聞きたいのだが、子供の多いこの家ではそう言うチャンスが少ない。田舎に行ったらちょっとずつ勉強しよう、と空は心に決め、隣に座る弟をチラリと見た。

 陸はこのところずっと不機嫌そうな顔をしていたが、空と目が合うともっと不機嫌そうな顔になった。けれど空の傍を離れないのだ。よく見ると目が少し潤んでいて、空は首を傾げた。

(不機嫌じゃないのか……これは、ずっと泣きそうなのを我慢している顔かも)

 ふとそれに思い至って、弟の方に向き直ってその顔をまじまじと見つめる。

 陸は空の顔を見下ろし、ぎゅっと口をへの字に結んだ。その顔を見て、空は陸のことを理解した。陸が、空の事情をちゃんと理解していると言うことを。


「りく、ごめんね。ぼく、いくね」

「……どしても?」

「うん。ぼくね、ここじゃ、りくといっしょに、おおきくなれないんだって。ねつとかせきがいっぱいでて、いつかしんじゃうんだって」

「しんじゃう……えんのうさぎみたいに?」

「ほいくえんのうさぎ、しんじゃったの?」

「うん……あんね、さむいひにね、つめたくって、めあけないって。ゆかちゃんたちないてた。もううごかないんだって。えんのおにわにうめたって……そらも、そうなるの?」

 うん、と空が頷くと、陸は顔をくしゃりと歪めた。

「しんじゃうのやだ……でも、そらがいないのもやだぁ……」

 陸の手元で積み木の塔がガラリと崩れた。空は陸の手を取って、ぎゅっと強く握った。

「りく、あいにきて。ままといっしょに。ぼく、きっとげんきになるから。しなないで、まってるから」

「うん……うん、いく。ぜったいいく」

 ぐすぐすと鼻を啜りながら陸は何度も頷いた。

 空は前世の記憶がうっすらあるせいで、何となく陸と双子だという意識が最近薄れていた。けれど大きさは違っても顔はやっぱりそっくりだし、こうして向かい合っていると陸の悲しい気持ちがじんわりと伝わってくる気がする。記憶が甦ってから、なんだか家族をどこかうっすらと他人のように勝手に感じていたけれど、本当はそんなことはないのだ。空は空のままだし、陸は大事な片割れだった。

「りくがいてくれて、よかった。ぼく、とおくにいってもひとりじゃないもん」

 陸がここにいる限り、その双子の空の事を誰も忘れたりしないと信じられる。もちろんそんな薄情な家族じゃないことは、よく知っているけれど。

「そらと、えんであそびたかった……」

「ぼくも。げんきになったら、いっしょにいろんなことしよ」

「うん、する! やくそく!」

「やくそくね!」

 二人で指切りをして、それから一緒に涙をこぼしながら笑った。

 二人の後ろではその様子を見ていた母も一緒に泣いていた。

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