#8 生き人形 (下)

 街外れの雑木林で、冷たくなった若い女性を見つめる人形が居た。その周りでは、警察が鑑識作業を始める準備を進めている。現場には真琴と屋代の姿もあった。真琴は不安な気持ちを漏らす。

 「今度も人形・・・・。この街でまた連続殺人が起こるなんて」

 「ああ、それに昨日見つかった仏さんと同じだ。後頭部を殴打された跡、そして防御創が無いとこを見ると、気を失った後に刺してやがる」


 二人は続いて人形の傍に行き、しゃがみ込んで調べを続ける。

 「日笠、どう思う?」

 「昨日と同じで、どこでも手に入りそうな既製品の人形ですね。隣には凶器とみられる刃物。犯人が人形と刃物を複数購入しているなら、近隣でこれを扱っている店から聞き取り、防犯カメラの映像を提供してもらうのが良いかと」

 「うむ、では昔の人形殺人と比べてどうだ?」

 「あの人形殺人では、同じ人形を使う事はなかったですよね?」

 「ああ、人形の詳細は非公表のままだ。つまりこいつは、手口を変えた昔の犯人か、その事実を知らない別の奴かって事だ」

 「模倣犯ですか?」

 「その可能性の方が高いだろう。実は昨日、あの人形屋であることを聞いてな。見てみろ」

 そう言って屋代は人形の関節を指差す。

 「関節、ですか?」

 「昨日のもそうだが、こいつは綺麗なままじゃないか?昔の人形殺人で使われた人形数体を、あの姉弟に見てもらったところ、関節に普通とは少し異なる摩耗跡があると言っていたんだ。だから他のも見返してみた」

 「それで朝早くから保管庫に居たんですね。その摩耗跡、あったんですか?」

 「あった。言われるまで大して気にも留めなかったんだがな。それが何を意味するのかはまだ分からないが」

 「模倣犯だとして、今になって人形殺人を模倣するなんて、どういう動機なんでしょう・・・・」

 「さぁな、それを理解するのが俺たちの仕事だ」

 屋代は真琴の肩をポンポンと叩くと立ち上がり、現場を見渡すと規制線の外にマスコミの影を見つける。

 「やけに嗅ぎつけるのが早いな。日笠、規制線をもう少し広げるよう言ってきてくれ」


 真琴は周囲を担当する警官の元に向かうと、マスコミから人形について尋ねられるが、それには無言を貫き、屋代からの指示を伝える。マスコミが人形の事を口にしたのが気になりながら屋代の元へ戻った。

 「昨日の人形の情報が流出しているようでした」

 「遺体の発見者が喋りでもしたのだろう。非公表で頼むと通してあるはずなんだがな」


 現場検証を進める事数時間、後処理の進む現場を先に後にした二人は、近隣の量販店や玩具屋に聞き込みを行っていた。ある玩具屋に立ち寄った二人は、店員に現場に残された人形の写真を見せると、

 「ああ、覚えてますよ。そんなに普段売れるものじゃないのに、まとめていくつか買われたお客さんが居ましたから」

 屋代はメモを取るよう、真琴にアイコンタクトをする。

 「いつ頃だ?」

 「今日の開店すぐ頃と先週だったかな。どちらも男性の方でした」

 「どちらもと言うと、違う二人の人物だったのか?」

 「どうだったかな、人の顔覚えるの得意じゃないので。防犯カメラの映像なら残ってるかと思いますよ」

 「それは助かる」


 店の事務所で二人は巻き戻される録画映像に目をやる。そして、

 「今日の午前中いらした方は・・・、この人です」

と、店員は映像を止め、モニターを指差した。その画面を見て真琴は思わず声を上げる。

 「あれ?これ樹さんじゃないですか!」

 「だな。人形屋が人形買って何するつもりだったんだ?まぁ、念のため話を聞きに行くか・・・・」

 続いて店員は先週に人形を買った人物を特定するのに、少し手間取っていた。待つこと暫し、ようやくその人物を見つける。

 同じ人形をレジに運ぶ二、三十代の痩せた男。二人は注意深く男の行動を観察する。真琴は人形の数を数えた。

 「少なくともこの地点で四体購入している、という事はまだ計画の途中という事でしょうか?」

 「こいつが犯人ならそういう事だろうな。手遅れになる前に、この男の身元が分かればいいんだが」


 店の防犯カメラの映像を提供してもらい、二人は署へと戻ると、すぐに捜査本部で報告する。そこで樹も取り調べの対象となり、署へ連れてくるよう二人は命じられた。



 午後の営業をする人形工房。客が帰り静かになった工房で、姉弟は母が作った人形を前に悩んでいた。

 「母さんは何で僕らだけ生かしたんだろう・・・・」

 「一緒に死ねれば良かったみたいな言い方よしなさい」

 「別にそういう訳じゃないよ」

 「まぁ、この子が持ってたあんな記憶を見たら、混乱するのも無理ないけれど、今日は接客にも身が入ってないし、しっかりしてよね」

 「接客が苦手な姉さんに言われたくないな」

 そんな話をしていると店の扉が開く。

 「いらっしゃ・・・。あ、屋代さんに真琴さん」

 樹に挨拶された屋代は、店に入って早々、胸ポケットから写真を取り出す。その後ろで真琴は軽く会釈をして黙っている。

 「樹、この写真の人形、今日近くの店で買ったか?」

 「はい、確かに買いましたけど」

 「この近隣で起きてる事件の関係で、少し署に来て話をしてもらいたい」

 それを聞くと、舞果はかばうように樹の前へ歩み出る。

 「ちょっと、どういう事かしら。樹が何か疑われてるとでも言うの?」

 真琴は話を聞いてもらおうと間に入った。

 「違うんです、お姉さん」

 「まだあなたの姉になった覚えはないわ」

 「へ?い、いやそーいうつもりじゃなくて・・・。屋代さん、協力してもらうんですから、もう少し丁寧に説明しないと!」

 屋代は頭を掻きながら微々たる反省の色を見せる。

 「悪い悪い。何せ急を要するかもしれないんでな」

 そんな彼の不躾を謝るように真琴は、

 「では私から説明させていただきます。今、立て続けに同様の手口で殺人が二件起きています。その両方の現場に、今見せた人形が残されていたのです」

 その情報に姉弟は思わず反応する。

 「それって再び人形殺人が起きたって事ですか!?」

 驚く樹に、腕を組みながら屋代が答えた。

 「俺たちは模倣犯だと踏んでいる。昨日、お前の言っていた人形に残る妙な摩耗跡。過去の人形殺人に使われていたものには全てあった。だが、今起きている事件に使われた人形にそれはなかった」

 真琴はそれに続ける。

 「この犯人はまだ次の人を殺す可能性があります。早急に犯人を絞り込むためにも、警察としては樹さんを早々に容疑者リストから外す必要があるんです」

  怪訝な表情のままの舞果は真琴に向かい少し語気を強めた。

 「やっぱり樹が疑われてるんじゃない!」

 「大丈夫です。私が誓って悪い様にはしませんから」

 屋代も一緒に姉弟の目を見て諭す。

 「何もやってないことぐらい目を見りゃわかる。すぐ済むからよ?」

 「心配ならお姉・・、舞果さんも同席できますが・・・」

 樹は舞果を見て頷いた。

 「って事だから、まだ時間だって早いしさ、姉さん店番頼むよ」

 「・・・・わかったわ。真琴さん、あなたの言葉信じるわよ?」

 舞果の鋭い目つきに姿勢を正し、真琴は力強く返事をした。



 警察署の一室へと連れてこられた樹。記録を取られながら、簡単な質問や人形を購入した時間と理由などを聞かれ、一通り取り調べは終了する。

 記録を手に真琴は樹を帰してもいいか、捜査本部へと確認しに行った。部屋に残った屋代は、樹が人形を買った理由についてより詳しく尋ねる。

 「さっき人形を買ったのはちょっとした実験のためと言っていたが・・・・」

 「例の摩耗跡です。あれがどういう経緯で出来るのか確かめようと思って」

 「そうか、なら俺の持ち込んだ件で余計な迷惑かけちまったみたいだな」

 「いえ、お気遣いなく」

 暫く世間話をしていると、真琴が戻ってきて屋代に報告する。

 「すみません、お待たせしました。もう帰してもいいそうです」

 「何か本部で動きはあったか?」

 「玩具店の駐車場に設置されてた防犯カメラの映像を解析中みたいです。画像が荒くて難航しそうとのことですが、男の乗ってきた車のナンバーが分かるかもしれません。あと妙なんですが・・・・」

 「なんだ?」

 「この事件の情報提供をしたいという電話がやけに多いらしくて。しかも、その提供者というのが自称超能力者や霊能力者という類みたいで・・・。気になってネットを見てみたらこれが・・・、困ったものです」

 自身の携帯端末の画面を屋代に見せる。

 「これ昨日の現場の写真じゃねぇか。何?人形殺人再び・・・。犯人は呪術の一環で、だぁ?ったく、人が死んでるってのによう」

 「どこかのオカルトサイトの記事みたいです。これのせいで今日はマスコミが来るのが早かったのでしょう」

 「捜査の邪魔が増えるな。念のため本部には伝えておく。日笠、樹を送ってってやれ。悪かったな樹、手間取らせちまって」

 そう言うと屋代は捜査本部へと戻っていく。そして真琴は樹を車に乗せ、署の駐車場を出るのだった。

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