第五章 情念は陽炎に歪む

#9 情念は陽炎に歪む (上)

 人形工房へ向かう樹を乗せた真琴の車。二人きりの車中を西日が照らす中、どことなくそわそわしながら車を走らせる真琴の事を樹は気に掛ける。

 「大丈夫ですか?捜査続きで疲れてませんか?」

 「だ、大丈夫ですよ?」

 「そうですか。どこか落ち着かないように見えたので」

 「そ、そうでしょうか?そういえば、あのときは私の話をちゃんと聞いてくれて、ありがとうございました。あれってやっぱり催眠術だったんですか?」

 「んー、一言では難しいです。数年前から身に付いたというか・・・・」

 「濁しますね。今度お茶にでも誘ったら話してくれますか?・・・・あ、い、今のは忘れて下さい!」

 「じゃあどこか喫茶店でも探しておきますね」

 「え!?はい・・・」

 真琴は紅くなった顔をごまかすようにハンドルを無駄に握りなおす。


 工房へ着くと車を降りる二人。

 「ただいま、姉さん」

 店に陳列された人形の位置や姿勢を調整しながら、舞果は返事をする。

 「警察で妙な事されなかった?」

 「姉さんの思ってる様な事はなかったから大丈夫だよ」

 作業を続ける舞果を少し興味深げに見ながら、真琴は感謝を伝える。

 「樹さん、ご協力ありがとうございました。舞果さんもご心配をおかけしました」

 「樹を何事も無く帰してくれてありがとう」


 こちらを見ずに話す舞果が少し気になり、真琴は小声で樹に尋ねた。

 「あの、もしかしてお姉さんまだ怒ってますか?」

 「ちょっと集中してるだけだと思いますよ。人形に変な癖が付かないように、ああやって毎日動かして、それから人形の視線にも気を配っているんです」

 「視線?」

 「何体も並んでるのが同じ向きを向いてしまうと、来たお客さんに威圧感を与えてしまいますからね」

 「確かに、人形って視線感じますもんね。見られてるなって・・・・」

 真琴は少し考え込む仕草をすると、

 「そうだ!人形の向きです!何か引っかかっていたんです!」

 突然の大きな声に、舞果も思わずそっちを見る。樹は、

 「事件の事ですか?」

 「過去の人形殺人では、人形の向きにこれと言って決まりはありませんでした。でも今回の二つの事件では、人形がきっちり遺体の方を向いていたんです」

 「普通、犯罪をするなら誰にも見られたくないって、心理が働きそうな気もしますが」

 「そこなんです。今回の犯人は、密かに見られたいという欲求を持っていて、歪んだ承認欲求、あるいは自らの力の誇示。そもそも本質が違うとなると、単なる模倣犯じゃないのかもしれません」

 「だとしたら犯行が大胆になっていきそうな気がするんですが」

 「その通りです。ああ、大変!すぐにパトロールの範囲を広げてもらわなきゃ!」

 真琴はその場で本部に居る屋代へ電話すると、姉弟に改めて礼を言い、慌ただしく店を後にした。その様子を見ていた舞果は、不敵な笑みを浮かべて樹を見た。

 「随分張り切ってるじゃない、あの子。恋でもしてるのかしらね?」

 「ね、姉さん、今日は僕が夕飯作るよ。何がいい?」

 「オムライス、ハートマーク描いてね」

 「からかわないでくれよ・・・・」



 その夜、舞果は夢を見る。視界に映る自分の手足は人形だった。


 頭に添えられる母の震える両手。母はこちらを見て必死に訴えかける。

 「この子達を家の外まで連れ出して!」

 そう言われて幼い子供二人の手を引き部屋を出ると、廊下には大量の煙が充満していた。幼子達は苦しそうに咳込む。母はその後ろからしきりに何かを警戒する様についてくる。

 すると近くで爆発が起き、その衝撃で後方に全員が倒れ込む。幼子達は気を失ってしまったようだった。

 立ち上がると、目の前には赤く焼けた木の太い梁が行く手を遮っていた。後で立ち上がった母は、そこに隙間を見つけ、激しい熱気を放つ木材を力いっぱい持ち上げる。その手からは肉が焦げる音が上がり、母は苦悶の表情でこちらに向かって叫ぶ。

 「早く行きなさい!」

 そうして広がった隙間から幼子達を引きずって通り抜けると、母はそれから手を放し、別の逃げ道を探す様子が見えた。


 玄関を開け、幼子達を家の外に引きずり出し、火の手から遠ざけると同時に全身の力は抜け動けなくなる。消えていく意識の中、母の声が近寄ってくるのが分かった。

 「この子達には手を出さないで!」

 次に母の声は悲鳴へと変わった。



 舞果は飛び起きる。窓の外を見ると日が昇りかけていた。ベッドを出ると、酷く重い感じのする頭を抱えながら、キッチンで紅茶を淹れる準備を始める。するとそこに樹も起きてきた。

 「姉さん早いね」

 「あの子の。母さんが作った人形が見た記憶。あれが夢に・・・。それで目が覚めてしまったのよ」

 「そうだったんだ。心中だったら矛盾してるよね、あんな行動・・・・。それに最後の言葉は誰に向かって言ったんだろう」

 「やっぱり、あの子に入っていた私たちの記憶か人形自身の記憶、あるいは両方とも変質していたんじゃないかしら?」

 「それなんだけど、もし母さんが入れた記憶も変質するとしたら、栗原さんが持っていた人形の記憶も、もっと異質なものになっていると思わない?」

 「確かにそうね」

 「もしかしたら、記憶の変質は僕らの力が未熟なのか、人形に記憶を入れる方法が何か間違ってるとかで起きてるだけじゃないかな。あくまで記憶が変質したのを確認出来たのは、僕らが記憶を移した人形だけだし、それに内容が大きく変わるほどの事は無かった」

 「じゃあ、母さんが作った人形に入っていた記憶は、どれも真実って事になるわ」

 「こうは考えられないかな。変質するくらいなら、記憶を書き換える事も可能かもしれないと」

 「まさか、誰かが書き換えてるって言いたいの?」

 「わからないけど、単に変質が進んだだけとは思えなくてね」

 「警察がどういう流れで心中放火という結論に至ったのか、屋代さんなら詳しい事教えてくれるかしら?一度、この記憶とすり合わせてみたいのよ」

 「今度頼んでみようか」


 樹がリビングのテレビを点けると、朝のニュースが流れる。中継映像に切り替わり、聞き馴染みのある地名を言うレポーターの声が聞こえた。

 思わず二人はテレビに意識を向ける。レポーターはこの地域で殺人が起きた事を伝え、画面は閑静な住宅街付近の裏路地へと切り替わった。そこには警察によって規制線が貼られ、奥で鑑識作業が進められる様子がちらほら映っている。

 「一部の情報では現場には人形が置かれていたという話もあり・・・・」

 レポーターのその言葉が、これも連続殺人の一環だという事を確信させる。

 舞果は画面を見つめながら、

 「真琴さん落ち込んでいるんじゃないかしら」

と、声を掛けた。

 「そうかもしれないね・・・・」

 小さくため息をついた樹はテレビを消す。

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