第8話 鮫の群れ
「魚群が映ったよ。この下にはでかいやつがうじゃうじゃいる。おそらくは鮫」
船長が言った。
「ここで止めて」
絢美が言った。
鮒は、荒れ狂う真夜中の海で止まった。船は木の葉のように揺れる。
絢美は、船室に来ると、
「さあ、みんな、手を貸しておくれ」
と、言った。
ナオト、真嶋に続いて、片桐、由紀も合羽をかぶって、甲板に出た。
甲板で、二人の作業着の男が、縛られて、ずぶ濡れになってもう動かなくなっていた。
ナオトと真嶋は、それぞれ一人の男の後ろ手縛りにしていたロープを解き、頭の上につるすように縛り直した。そのロープを長く伸ばして、船の手すりに結びつける。
「いいか、おまえたちは、海の悪魔の餌食になるんだ。喰われちまえば、おまえたちは悪魔の体の一部として、新しい人生を生きることができる。市役所の木っ端役人をやっているより、よほど夢のある人生が待っている」
絢美は男たちに言った。
ナオトと真嶋は、太った方の男を抱えると、海に突き落とした。
両手が波の合間に時々見え隠れするように、ロープの長さを調節する。
絢美が、もう一人の男を持ち上げて海に捨てるのを、片桐と由紀も手伝った。
やがて海面に、鮫の背びれが浮かんできた。
「あの夜と同じ。あたしが、愛する男を、海に投げ捨てたあの夜。もっと、南の美しいマリンブルーの海だった。海に投げ落とす前に、あの男は、恐怖に顔をゆがませながら、あたしに許しをこいねがった。あたしは、その男を海に突き落とした。あっけなくその男は海に落ちて、鮫の餌食になった。あたしの宝石は今もあの海に眠っている。こんな男たちとは違うプリンスのような男だったのに、なぜかその日のことを思い出してしまう」
雨なのか、涙なのか、絢美の目も頬もひどく濡れていた。
鮫たちが暗い狂気の海に両手だけを出している男二人にくらいついている。鮫たちは、男二人の服を喰いちぎり、肉片を胃の中に収めていく。
海面に残っていた男たちの両手も、最後に残った鮫が顔を海面に出して喰っていった。残っているのはロープだけになった。
「絢美さん、今夜のことは詩になりますかね」
ナオトが言った。
「腐りきった男たちを鮫の体の一部として転生させる詩。ふん、ロマンのかけらもないじゃないか」
絢美は自嘲の笑いを浮かべた。
それから三ヵ月後。M市。
静かな住宅街の一角。
小さな図書館分館があって、その隣に「NPO法人、つどい」という看板の白い家があった。
「つどい」の一室で集会が行われていた。
高齢の女性たちの集まり。
そこに、由紀の姿があった。
(続く)
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