0ー7 ゼロ

 新星暦二九九二年五月二十日


 久しぶりの外だ。

 ボクは照らしてくる太陽へ手を伸ばし自分の顔を覆い隠す。


 どうやら五日ほど寝ていたらしい。その間、フレイさんは自分の仕事をほったらかしにして介護してたとか。

 そしてその五日経ったあとボクはやっと体を自由に動かせるようになったわけだ。


「さ、かかって来て!!」


 ここはハズラーク家の屋敷の庭。ボクはフレイさんから体が動くようになったら外に出るように言われた。

 そして、フレイさんは婦人服では無く、動きやすそうな服に着替えてボクの前に立ちはだかる。


 ボクは魔術を唱えた。

 そう、ボクはこれから魔術の特訓をする。


 ※※※※※


「――私の弟子にする!!」

「……は?」


 意味がわからなかった。弟子? 一体どういうことだ?


「フレイ……! 君は何を言ってるんだ! 君もノアくんの事情を知って――――」

「まあ、落ち着いて。私にだって考えがあるの……!」


 アズバングさんは黙ってスープを啜った。フレイさんは引き続き、こう言った。


「私は魔術師。フレイ・ハズラークという名前の魔術師を聞いたことがある?」

「無いです」

「そう……。それならそれで良いわ。じゃあ、単刀直入に聞くよ。君、魔術師になりたい?」


 なりたいかって? なれるならなりたいさ。でもボクには……。


「……ボクには魔術の才能なんてありません。名家に生まれておきながら未だに最低位魔術だって使えな――――」

「私はそんなことを聞いてるんじゃないの? なりたいの? なりたくないの?」

「……なりたくありません」

「本当に? でも、君の手震えてるよ」


 言われるまで気づかなかった。ボクは震える手を握り、何とか抑えようとする。


「もう一度聞くよ? 君は魔術師になりたい?」

「……そりゃ、なりたいよ……。でも……」


 ボクはこの瞬間、自分の感情が爆発した。


「ボクは頑張ってきたんだ! ボクは誰よりも努力してきたんだ! それなのに魔術が使えないせいで、お父様には無視されて、使用人には白い目で見られて、お兄様には殴られる! おかしいじゃないか! 誰よりも努力してきたボクより、何も努力していないお兄様がチヤホヤされて……。だから……どれだけ頑張っても魔術が使えないボクに、魔術師になる資格なんて無いんだ……」


 ボクはつい涙を流してしまった。どうしてだろう。止まらない。


 こんなボクをアズバングさんは驚いたかのように見ている。ああ、そうだよ。ボクは無様だよ。


 すると、フレイさんはボクの両頬をぺちっと音を立てて叩いた。そしてフレイさんは笑ってこう言った。


「なりたいならなりたいでいいの。大丈夫。私はこう見えて強いんだから。だから絶対君を魔術師にしてあげるよ」


 そう言ってフレイさんはこの部屋を出ていった。






 そしてその四日後、ボクがほとんど体を動かせるようになりそして、ボクは外に出た。


 ※※※※※


 ボクが外に出た途端、いきなり特訓は始まった。


「お、来た。調子は……大丈夫ね。じゃあまず君の実力が見たいからとりあえず最低位魔術出してみてよ」

「……わかりました。では……」


 ボクは魔術を唱える。


「さ、かかって来て!」

「雷帝よ、その凄まじき痺れを持って、かの者に矢を放て……。《雷の煌矢スピアボルト》……!!」


 ……出ない。わかっていた。

 ボクは魔術が使えない。詠唱するだけで最低位魔術は使えるもの。でも、ボクには使えた試しが無い。


 やはりボクは魔術師には、なれない……。


 そうボクが悲観していたところ、フレアさんは大声で笑った。


「何か、おかしいですか?」

「そりゃおかしいよ。だってどんな人でも最低位魔術は詠唱出来れば使えるんだよ。それなのに……君は……」


 再びフレイさんは笑った。


 ボクの気も知れずにずっと笑っていた。なんだよ、それ。フレイさんも僕を馬鹿にしてきた人達と同じなのかよ。


「もういい。ボクは部屋に戻るよ」

「ちょっと、待って……! 今から大事な話するから……!」

「……なんですか?」


 ボクはフレイさんを睨みつけた。それに気づいたフレイさんは自分を落ち着かせてこちらを見る。


「えっと……。これを言っても良いのかな?」

「大事な話じゃないんですか?」

「うん、大事な話。でも君にはとても辛い話だけど、良いかな?」

「……なんですか?」

「じゃあ、言うね?」


 ボクは聞いた。大事な話? 辛い話? 何かはわからないけどボクには聞く以外に方法が無かった。

 そしてフレイさんはボクにこう告げた。


「君に魔力は無いの。つまり君の魔力の数値はゼロなの」

「え……?」


 ボクはその言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になり、体全身の力が抜けた。

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