0-4 謎の剣

 

 屋敷をしばらく離れたところ、雨はすんなり上がっていた。


 外の世界は初めて見る。雨上がりのライトマン領の町は賑わっていて、なんだか自分が虚しくなった。


 頑張ることが大切だと思っていた。どんな時も頑張っていれば必ず叶うと思っていた。

 けれどライトマン領の領民はどう見ても、楽しそうだ。


 あの時、エミリーが誘ったのはそういうことなのだと理解した。


 もうすぐライトマン領を抜ける。ここから先は森林地帯。


 この自然の中、今はとやかく考えないで休もう。



 気づけばボクは眠りに落ちていた。

 狙われている視線さえ気づかずに……。



 ※※※※※



 起きた頃には森が焼け野原になっていた。


「は……?」


 馬車が寝る前より数倍速くなっている。ボクは今の状況を全く掴めていない。


「クソくそくそくそくそ……!!」


 馬車を運転する騎手が必死で手綱を叩きまくる。

 ボクは窓の外を見た。全面が赤色。それと黒い煙だけが一直線上に漂う。そして、ある生物が窓を横切る。


 サンペストドラゴン。

 最上位の魔物として君臨するこの生物は、普段山脈の奥深くに棲息すると言われており、その闘牛のように曲がった二本の角は生涯でも見ることは無い。

 そんな生物がなぜこんな、平地の森林までやって来たのだろうか。


 と、奴は口から魔術陣を展開。魔物は普通の獣より数百倍の魔力を持つ。


「くそ、くそ、くそ、クソっ! こんなところで死んでたまるか!」

「…………」


 騎手がそんなことを叫び続ける。

 でもそんなことはボクにとってどうでも良かった。


 ボクは追放された。見放された。

 どれだけ頑張っても、どれだけ抗っても、どれだけ鍛錬しても、報われない。

 さらにダイア兄様には殴られ、使用人には冷たい目線を送られ、お父様には……追放された。


 だから、どうでもいい。

 どうせこのまま生きていたって、ボクは誰にも望まれずに死ぬんだ……。

 だったら、せめてここで……。


 ドラゴンの魔術が放たれる。

 高位魔術〈断崖の業火クリムゾン・ヘル〉。地面に魔術の炎を叩きつけ、一定の領域内が一瞬にして焼き尽くされる超広範囲魔術。

 その領域内にボクらは入っている。


「チッ、クショー……!!」

「………………」


 凄まじい轟音が森中に響き、衝撃による強風が発生した。


 森の約四分の一が消えた。

 辺り一面が何も無く、寝る前までにあった視界を滞りなく遮る木々が、今では黒い地平線で広がっている。


 今では……?


 ボクは確かドラゴンの魔術で焼かれたんじゃ……。


「ぐっ……!」


 どうやらボクは生きているらしい。

 その証拠に身体全体に痛みを感じる。でも動かせないほどの痛みじゃない。

 早く、早く逃げなくちゃ……!


「ッ…………!」


 ボクは力を振り絞って起き上がろうとした。

 だが体の重心が崩れ、再び倒れる。


 クソ……! どうして動けるのに立てない……! 歩けない……!

 早く、早く逃げないと……! ……いや、もういいや。


 思い出す。あの辛い日々を。あの……侮辱にされた日々を。

 この生きる価値も持たないボクが逃げて、逃げたって何もないんだ……。帰る家も……ボクを待つ家族も……。


 息が荒れている。意識が朦朧として視界がはっきりしない。

 ボクは瞬きをした。


「は……?」


 これは幻想か……?


 目の前に剣があった。

 その剣は黒焦げになった大地でも自分の輝きを放ち、まるでさっきの魔術が当たっていないかのように無傷だ。


 でもボクはその剣を見ても、何も思わない。

 剣術を知らないボクに、こんな生きててもどうしようもないボクに、剣が一本落ちていたところで何も変わらないじゃないか。


 そう悲観していた。生きている価値さえ無いと思っていた。でも、ボクは正直であった。


「……!!」


 いつの間にかボクは剣を持って立っている。


 何故? どうして?

 生きている価値さえないボクがどうして、剣を持って立てるんだ。戦おうとしているんだ。


 わからない。全然わからない。

 ボクの今してることが意味がわからない。上位魔術師でやっと倒せる相手に戦うなんておかしいじゃないか。


 ボクはただただ理解できなかった。

 どうして体が勝手に動くのか。動けるのか。

 無謀な相手に立ち向かおうとしているのか。


 その時ふとボクは誰かに誘われた。


『――――遊ぼう! ノア!』


 そうか……。ボクは生きたいんだ。


 ボクは決して生きる価値のない人間では無かった。ボクにはたった一人、ボクを信じてくれる人がいる。


 だから、ボクはこんなところで死ぬわけにはいかない。死んでたまるか……!!


 ドラゴンが突進してくる。だが、心配は無い。


 ボクは剣を構えた。


「うぉぉおおおおおおおおおお……!!!!」

「ガルラララララララララララ……!!!!」


 絶対に生きてやる!!







 その後のことはほとんど覚えていない。多分ボクはドラゴンと戦ったんだと思う。

 多分? 戦ったことすらわからない。


 でもただ一つ、覚えていることがある。


 それはこうして生きていることだ。

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