0-3 別れ
「お前を追放する、ノア」
「……え?」
突然のことで理解が追いついていない。
エミリーも動揺したのか、ボクの方へ向く。
「ど、どうして、ですか……?」
唇を震わせながら恐る恐る尋ねる。
お父様は何の躊躇いもなくこう答えた。
「魔術の才能が開花するのは最高でも九歳だと言われている。大体の子供は四、五歳ぐらいで開花する。だが、たまに発達が遅い子供も中にはいる。そんな子供でも九歳には必ず魔術の才能が開花する。ノア。お前もそういう部類だと思っていたんだがな……。本当に残念だよ……」
全く納得がいかなかった。
ボクは頑張ってきた。
どれだけ無視されようとも、どれだけ不愉快な目線を受けたとしても、どれだけ殴られようとも……それでも負けずと練習をし続けてきた。
なのに、魔術の才能が無いだけでお父様は追放すると言った。ボクがどれだけ頑張ってきたか、ちゃんとわかっていたはずなのに……。
でもライトマン家は実力主義。お父様は続けてこう言った。
「だが、私とて九歳の子供にいきなり放り出すことはできない。よって、お前は我らライトマン家と親交の深い隣国の貴族、ハズラーク家へ行きなさい。馬車と荷物は用意してある」
「……はい」
せめてもの情け、そう言いたそうな顔だった。
だからボクは何も言えなかった。この家で魔術が使えないのはもはや無能者。まだ居場所を用意してくれるだけマシだ。
「それと、エミリーよ。誕生日おめでとう」
「ありがとう、ございます……」
「元気が無いな……。体調が悪いな……」
「……いえ」
ここからのことは覚えていない。ボクは現実を受け入れることに必死でただただ下を向いていた。
だが、この報告ではっきり言えることは一つ。「地獄であった」ということだ。
※※※※※
ボクは馬車に乗る。もうこの家からおさらばする時間だ。
雨は相変わらず豪雨。最悪なお別れだな。
「ノアよ、お前は今日からハズラーク家の人間だ。だから、私のことを父と呼ばなくていい。これからまた会う機会がある時、私を下の名前で呼ぶといい」
「はい」
屋敷の屋根の下でお父様、いえライトマン公爵当主ケノア・ライトマンは出迎えに来てくれた。エミリーも何か腑に落ちない様子でボクを見る。
ボクは馬車の踏み台に足を踏み入れた。傘を差してくれている使用人がスカッとするような目でボクを見る。すると、誰かがボクの手を握った。
「本当に行っちゃうの!」
その声はエミリーだった。雨に濡れることも躊躇わずボクを引き止める。
「ああ。お父さ……いや、公爵の言うことには逆らえない」
「どうして……どうしてよ!」
エミリーの握る手が強くなる。
「あんなに……あんなに頑張ってたのに……! どうしてそんなきっぱり諦められるの!」
「エミリーには……関係ない」
「関係ある! 私はずっとノアのこと見てきた! だから諦めないでよ! ちゃんと魔術だって使えるかもしれないじゃない! これまで頑張ってきたことが無駄になっちゃうよ……!」
「うるせえよ……」
関係ある……? 無駄に、なる……? だったら……!
ボクは握る手を振り払って叫んだ。
「じゃあなんでボクは魔術が使えないんだよ! 魔術を詠唱したってまともに出る気配も無いボクにどうしろって言うんだ……! お前が教えてくれるのか……! 無理だな! 魔術は生まれつきで身につくんだからな……!」
この時、初めてエミリーに「お前」と言ってしまった。半泣きのエミリー。ボクにはどうすることもできない。
「ケノア公爵、エミリーのことを頼みます」
「……わかった」
ケノア公爵はエミリーを突き放し、再び屋敷の下に戻る。
「やめて! 離して……!」
必死に抵抗するエミリーを見てボクは下を向く。
そんなこと、しないでくれよ。
「それでは、行ってまいります」
「ちょっと待ってくれ、ノア。そのままでいい。私から一つ言い残すことがあった」
「……なんですか?」
馬車に乗り込もうとした時、ボクの耳に聞こえた言葉は心に響いた。
「生きろよ」
このとき、初めて父親の言葉を聞いた。
いつも無視していたお父様……ケノア公爵からそんな言葉を聞くとは思わなかった。でも、もう遅い。それは公爵もわかっているはずだ。
ボクは馬車に乗った。そして、そのまま何も言わず椅子に座った。
「では、参ります」
「……ああ。頼んだぞ」
馬車が動く。
「行かないで! 行かないでよ……!」
豪雨でうるさいはずなのになぜか聞こえるエミリーの声。ボクはシカトしながら外を見ていた。
見慣れた風景、もうここともお別れか。
嫌な思い出しかないな。無視され、嫌な視線を向けられ、殴られる……。スカッとする。
でも、あの顔を思い出す。あの、必死に止めようとするエミリーの顔が。
なぜあんな顔ができるのだろうか。喧嘩したというのに。
ボクの目からするんと雫が流れた。
「……は?」
そして、その雫がだんだん流れていく。溢れ出していく。
そうか。ボクは悲しいのか。そう思うと泣けてきた。
「うわあああああああああ…………!!」
ボクはいつの間にか一人個室の馬車で泣いていた。
ボクは雨で良かったと心から思った。
だって、こんな情けない泣き声を誰にも聞かれずに済むのだから。
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