第5話 その頃、実家は……
《三人称視点》
ルークが、夜空を見上げて幸せを噛みしめている頃。
マークス伯爵家は、騒然としていた。
「おい! いつもより食事が不味くなってるぞ!? どうなっている!」
スープを口に含んだ瞬間、マークス伯爵(ルークの父親)が、顔を真っ赤にしてスープの皿を床に投げ捨てた。
「も、申し訳ございません! すぐに作り直しを――」
コックコートに身を包んだ、初老の男――伯爵家のお抱え料理人は、食卓でひたすら平謝りをする。
が、マークス伯爵は首を横に振り、舌打ちをするだけだった。
「もうよい。だがなぜ急に食事の質が落ちたのだ!」
「そうだぜ! チキンの味も薄いし、どうなってんだよ!」
「職務怠慢でテメェも追放してやろうか? あのバカみたいになぁ! ぎゃははははは!」
マークス伯爵に続いて、2人の兄――ガイとデーズも下卑た笑いを浮かべる。
それを見て料理人は、3人に気付かれないようにムッとした表情を浮かべながらも、冷静に答えた。
「お忘れですか? その追放したルーク様に食事をずっと作らせていたではないですか? 朝、昼、晩も。そして軽食も」
「「「……」」」
それを聞いた3人は、途端に黙り込む。
当然だ。今の今まで、料理人の料理を貶めていたのではなく、大っ嫌いなルークを3人揃って褒め称えていたことになるから。
「……ま、まあこれも悪くはないな」
「そうだな! 薄味って健康にいいからな」
「いつもより、まあ多少はマシかもしれねぇぜ」
三者三様、面白いくらい掌を翻して、静かに食事を再開する。
それを見て、料理人は心の中で大きなため息をついていた。
(まったく。都合の悪いことになると、すぐこれか……)
実はこの男。
マークス伯爵も、ガイとデーズも大っ嫌いなのである。
この男にとって料理は誇りだ。
他者の心身を気遣い、今日を頑張るための活力を与え、今日の頑張りを労うのが料理というもの。
だからこそ、彼は伯爵家のお抱え料理人になれたことが誇りだった。街をおさめる重要な仕事をしている者達の生き様を、支えることができるのだから。
しかし、蓋を開けてみればどうだろう。
自分勝手で、相手に対する敬意もはらわず、他者を見下すその腐った人格。
彼等のために料理しなければいけないと思うと、それこそ苦痛でしかなかった。
しかし、そんな料理人にも尊敬する男が1人いた。
それは、三男のルークである。料理人の心得などない素人。しかも、この伯爵家でメイドや使用人を含めて一番年若い。
そんな彼が、まるで馬車馬のように働かされ、兄たちからは酷いイジメに遭っているというのに、無理矢理作らされる食事に一切手を抜かなかった。
皿の上には、その人物の心が宿る。
ルークの料理は、味がどうこうではなく、誰かを労り、支える心が宿っている。あんなド畜生どもには、乾した藁でも与えておけば十分だというのに。
そんな尊敬する人物を、このド畜生どもは追放した。
もはや、こんなヤツらのためにちゃんとした料理を振る舞う気にもならない。
(ルーク様。お一人で大変かと思われますが、どうかご無事で。我々使用人一同、貴方様の味方です)
――そう。この伯爵家では、この三人を除いて全員がルークを慕っていた。
だからこそ、そのルークを追放した主人に対する反感が、屋敷中を支配しているのである。
事実、メイドと執事の全員が、今夜荷物をまとめて夜逃げしていくことを決めている。もちろん、この料理人も例外ではない。
それがバレればただでは済まないが、今まで保身からルークの追放を阻止できなかったことへの、せめてもの償いだった。
皮肉なことに、それを知らないのはマークス伯爵達三人だけだ。
明日、彼等は起きた瞬間地獄を見る。
マークス伯爵家が音を立てて瓦解していくまで――もう秒読みに入っていた。
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