第4話 ペットを飼いました

『コン!』

『ココン!』


 二匹のフレア・フォックスが、僕の周りを楽しげに走り回る。

 者の見事に二匹に一目惚れした僕だったが、誘拐犯のごとく無理矢理連れて行くのには流石に抵抗があった。

 でも、蓋を開けてみれば僕の方に自分から着いてくるではないか。


 たぶん、さっきのモンスターに襲われて絶体絶命のところを僕に救われたから、懐いているのだろう。まだ親が恋しい子狐という面もある。

 よって――


「あ~よしよし! コンもココンも可愛いなぁ!」


 ――豆腐ハウスに帰ってきた僕は、フレア・フォックスの子ども達をなで回して親ばかになっていた。

 ちなみに、コンがオスでココンがメス。鳴き声がそのまんまだから名付けた。……おい、誰だ僕のネーミングセンスがないとか言ったヤツは。


 コンは少しばかり顔つきが凜々しくて、身体のオレンジ色が赤みを帯びているのが特徴。

 ココンはと言うと、胸元の白い毛がコンよりもフサフサで、全体の体毛が黄色っぽいオレンジであることが特徴だ。


「さて、夕飯にしようか」

『コン!』

『ココン!』


 嬉しそうに尻尾を振るコンとココンを連れて、小屋の外に出る。

 辺りは西日にうっすらとオレンジを残すばかりで、夜の帳が空を覆っていた。追放されて初めての夜だ。


 僕は、小屋の外にとりあえず置いてあるイノシシの肉を、石のナイフで解体していく。

 ちなみに、これは湖の畔にあった少し大きめの石を二つに割り、断面を削って鋭利にした即席ナイフだ。


 そのうち、イノシシ肉を保存する場所も作らないとな。三日くらいで腐っちゃいそうだ。

 そんなことを思いつつ、自分の分と二匹の分のお肉を削り取った。

 

「はい。コンとココンの分」


 二匹の分は生で渡す。

 嬉しそうに尻尾をブンブン振りながら生肉にかぶりつく二匹を尻目に、僕は生肉を木の枝に刺していく。

 それから、小石を円形に並べてその中央に小枝や葉を並べた焚き火の縁に、枝に刺したお肉を配置した。


 さて、先程も述べたように火が問題だが、それはもう解決しているのだ。

 ふっふっふ。刮目せよ。これが追放一日目にして得た究極奥義! その名も――他力本願!


「というわけで先生! お願いします!」


 コンに頭を下げると、コンは『仕方ないな、いっちょやるか』というキメ顔で前に躍り出る。

 コンは焚き火に向かって口を開くと、一声鳴いた。その瞬間、口から赤い炎を吹き出し、焚き火が煌々と燃えあがる。


 フレア・フォックス。その名の通り、炎属性の魔法を得意とする魔獣だ。


「おお、流石大先生!!」

『コ~ン!』


 僕が褒めると、コンは『この程度朝飯前よ!』とでも言いたげにどや顔をする。それを、ココンはジト目で見ていたのだが……


 しばらく待って、お肉に火が通ったのを確認した僕は、枝に刺さったお肉にかぶりついた。


「! うまい!」


 噛むと、口の中いっぱいにワイルドかつジューシーな肉汁が広がる。

 歯ごたえのある肉質ながら、繊維は繊細。大味のしそうなあの巨体からとれたとは思えないほど、美味しいお肉だった。

 ――まあ、香辛料の類いがないから多少の臭みはあるが。それでも、カビの生えたパンとかしか食べさせて貰えなかった僕としては、十分にご馳走すぎた。


――。


 辺りがすっかり暗くなった頃、僕等は小屋に入って寝転がった。

 まだ床を強いていないため土に寝転がるという選択肢しかないと思っていたが、幸いにも近くに枯れた草を見つけ、それらを小屋に運び込んで敷き詰めたのだ。


 枯れ草で作った即席のベッド。

 少しチクチクして寝心地は悪いけれど、冷たい地面に寝転がるよりよほど快適だ。今後は家具も作っていきたいな。


「星が綺麗だ……」


 枯れ草布団の中で丸まっているコンとココンの身体を撫でながら、僕はふとそうこぼす。

 屋根がないから、星空が視界いっぱいに広がっている。辺りには光源もなく、宝石箱の中身をばらまいたような色とりどりの光がよりいっそう輝いて見える。濃紺の空を埋め尽くす絶景。天然のプラネタリウム。


「今まで、こんな風に空を見上げることなんてなかったな」


 夜遅くまでこき使われて、ベッドに入ったら死んだように眠る。

 翌朝は、汚水を頭から浴びせられて目覚める毎日。希望も明日への楽しみもない。

 そんな日々が続いていたけれど、今日この日のために辛い日々があったと思えば、なんだかどうでもよくなってくる。


 第二の人生は始まったばかり。

 僕は、眠気がやってくるのを待ちつつ、ぼんやりとした頭で考える。


 家具を作って、裏の湖で釣りをして。ああ、もし人が来るのなら、宿屋とか経営してみたいかも。

 コンとココンが側にいる温もりというのは、なにものにも代えがたいと思う。


 思えば、辛いことばかりだった実家での暮らしも、使用人さん達は僕に優しくしてくれたっけ。もっとも、それがバレたら親父達に最悪解雇されることがわかっていて、それでも親父達の目を盗んで優しくしてくれた。


 この森の中で、叶うのならばいろんな人達と出会いたい。

 出会いを育む場として、剥き身の心で接する場として。森の中に人知れず存在する宿屋というのは、なんだか素敵じゃないだろうか?


 そもそも人に出会えるかな? 出会えるといいな。

 それから、可愛い人と出会って、駆け落ちして、愛し合って……なんて、そんな都合良くいかないか。


 そんな風に思いながら、僕は幸せな気持ちで眠りにつく。

 しかし、僕はまだ知らない。運命の出会いがすぐに訪れるということを。



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