長城 Ⅲ

「どういうことだ?」


商店街から外れた居酒屋で、酒を交わしながら綾人に聞いた。


「ちょっと黙っていてくれないか?僕は今日、息抜きのために君の面倒な誘いをわざわざ引き受けてやったんだ。事件の話はごめんだね」


「すまんな。だが、どうにも腑に落ちなくてな」


綾人はジョッキを一気に飲み干し、焼き鳥をかみ砕きながら私に云う。


「さっき云ったのにまだ分からないのか?君のその小さな脳みそで考えたまえ」


「一言、いや二言は余計だぞ」


「佐原春香は大学内でリンチのような物を受けた。僕はこう推察するね」


「だからその根拠を聞きたいと云っているんだ」


綾人は「はぁあ」とため息をつき、右手で頭を掻いた。


「仕方ない、今回だけ出血大サーヴィスだ。つまりだな、こういうことだよ長城クン。彼女は恐らく、登山サークルメンバーにリンチのような物を受けられた。そう仮定すると様々な事象に説明が付く。春香が薬物を使ったり、首を吊るような真似をしなかったのはこれが原因さ。彼女は川を見て、突発的な自殺を図ったんだ。確実に死ぬためにね。彼女にとって水への恐怖=確実に死ぬことができる、という意識が無自覚にあったんだよ。人間にはつくづくそういう傾向がある。また、君が送ってくれた資料を見て気づいたことがあってね」


綾人の言葉は嫌がっているようだったが、内心ではきっと興奮しているのだろう。初めて立った赤子のように、彼はバッグから私が送った資料を取り出した。


「ほら、見たまえ。彼女が来ていた制服にはなんらおかしな所は無い。しかし、彼女の体にはいくつもの傷跡が付いているそうじゃ無いか。それも、人為的な」


「ああ、鑑識もそこだけ明らかに不自然だと云っていた」


「そう!それだよ。彼女は制服を脱がされた状態でメンバーからの暴行を受けていた。レイプとも云うね。理由は分からないが、彼女はメンバーから酷い性的な暴行を加えられたと推察できる。それならば、動機も、傷跡の説明もできる」


「まあ、話の筋は通っているが……」


「だって、そうだろう?彼女は大学に行くまでには何ら問題は無かったはずだ。何かあるとすれば、それしかない。君はサークル室を調査したかい?」


「ああ、特に気になる物は無かったが」


綾人は注文した串カツを頬張る。


「割り勘か?」


「いや、私の奢りにしておく」


「当然だね」


綾人は安心したように次から次へと注文していった。


「ああ、そうだった。お前に一つ云う事を忘れていたよ」


「なんだい」


「この前、妙な物が届いてね」


そう云って私は、例の紙を綾人に差し出した。


「ちょうどこの前、お前と電話したときの頃に送られてきた」


「どれ。『春香は自殺した。捜査本部は解散させろ』……」


その時だった。


綾人は持っていた箸を落とし、その場に倒れた。


「お、おい!?どうした」


「……最悪だ」


「へ?」


そこまで云うと、綾人は憤慨した。


「どうして君はいつもそうなんだ!何故こんなことを僕にすぐ伝えない!?これだから僕は探偵を辞めたんだ!」


「お、おい、何だって云うのさ」


「時間が無いぞ、祐希。もう始まっているかもしれない」


始まる?何が始まるというのだ?


「さあ、何をもさっとしているんだい、行くぞ」


「行くって?」


綾人はボリボリと頭を掻きながら云った。


「佐原春香の自室だ」

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