第19話 思い出話

 さらに奥へと進むと、広めの空間に出た。そこは天井が高く、壁には多くの光苔が輝いており、神秘的な雰囲気を醸し出している。


「……おお、これはなかなかすごい景色だな」


 フレンが思わず立ち止まり、周囲を見回した。


「こうして見ると、自然の力というのは偉大ですね」


 ルーナも感嘆の声を上げながら、壁に手を触れた。


「ここまで来たけど、本当に原石なんてあるのか? ただの観光地みたいだぞ」

「観光地でしたら、もっと安全な道が整備されていると思いますよ」

「それもそうだな……」


 フレンは再び歩き始めるが、どこか不安そうに周囲を見回していた。暗闇の奥から、何かが彼らを見ているような気配がする。


「フレン様、どうされました?」

「いや、なんでもない。ただの気のせいだと思うけどな」


 ルーナが彼の顔を覗き込むように見つめ、フレンは少し気まずそうに目を逸らした。


「まったく、お前がいると気が休まらないな」

「それは私がお側にいるから安心されているということでは?」

「……どうだろうな」






 洞窟内を進む二人の足音が、冷たい岩壁に反響する。

 ランプの淡い光が、足元を照らし、時折輝く鉱石の反射が幻想的な雰囲気を醸し出していた。


「こうして洞窟を歩くのは、あの時以来ですね」


 ルーナがふと懐かしそうに呟く。


「あの時?」


 フレンが疑問の声を上げると、ルーナは穏やかな微笑を浮かべながら彼を見た。


「覚えていらっしゃいませんか? フレン様がまだお屋敷にいらした頃、皆で近くの小さな洞窟を探検したことがありましたでしょう?」

「ああ、あれか」


 フレンは記憶を辿り、ようやく思い出したように頷く。


「あれは探検っていうより、ただの遊びだっただろ。あの洞窟、全然深くなかったし、危険なんてまったくなかったしな」

「そうですね。でも、あの時のフレン様はずいぶんと張り切っていらっしゃいましたよ。『ここが本当の冒険だ』なんておっしゃって」


 ルーナは楽しそうに笑う。


「おい、それ以上言うなよ……子どもの頃の話だろ。恥ずかしいんだよ、そういうの」


 フレンは軽くため息をつき、照れくさそうに視線を逸らした。


「そうおっしゃいますが、フレン様はあの頃から好奇心旺盛でしたね。いつも何か新しいことに挑戦しようとなさっていました」

「挑戦って、ほとんど失敗してたけどな」


 フレンは苦笑いを浮かべながら、足元の岩を慎重に避ける。


「しかも兄弟からイジメられてて弱虫で、そんな俺についてくるのはお前だけだったぞ」

「それでも、私はフレン様についていくのが楽しかったですよ」


 ルーナの言葉に、フレンは少し驚いたように振り返る。


「楽しかった……?」

「はい。フレン様が導いてくださる冒険は、いつも予想外の展開ばかりで退屈する暇がありませんでした」

「いや、それ絶対フォローになってないだろ」


 フレンは呆れながらも、どこか嬉しそうな表情を見せた。


「まったく、お前がいると気が休まらないな」

「それは私がお側にいるから安心されているということでは?」

「……どうだろうな」


 二人はそんな会話を交わしながら、さらに洞窟の奥へと進んでいく。

 湿った空気が次第に重くなり、時折小さな水滴が頭上から落ちてきた。


「けど、俺もルーナといたら退屈はしなかったさ。お前がいると何かしら起きるしな」


 フレンがぼそりと呟き、ふと目に入った小石を軽く蹴飛ばした。


 コロコロと音を立てながら石は洞窟の奥へ転がっていく。

 しかし、石が壁に当たって止まるかと思われた瞬間——


 ゴゴゴゴ……


 低い轟音が洞窟内に響き渡った。壁や床がかすかに震え、足元の岩が揺れる。


「ん、なんだ今の?」


 フレンが足を止め、眉をひそめる。ルーナも眉を寄せ、奥の方をじっと見つめた。


「フレン様、今何かされましたか?」

「小石を蹴っただけだって!」

「……その“小石”が原因かもしれませんね」


 ルーナは冷静ながらもわずかに呆れた口調で答える。


 ゴゴゴゴゴ……


 さらに轟音が増し、洞窟の奥から重々しい気配が迫ってくる。

 暗闇の中で、ぎらりと光る瞳が二つ、こちらを睨んでいるのが見えた。


「何か出てきたな」


 フレンが目を丸くする。

 すると、暗闇から巨体を持つドラゴンがその姿を現し、洞窟全体を揺るがすような咆哮を上げた。


 グオオオオオオッ!


「おいルーナ、あれドラゴンだよな? 本物の」

「そうですね、ドラゴンですわ」

「いや、なんでそんなに冷静なんだよ?」

「フレン様だって同じでは」


 ルーナはさらりと答える。

 フレンは回避スルースキルを通り越して、現実逃避スルーに走っていた。

 そして、我に返る。


「待てよ、戦うとか考えてないよな——」

「——戦いましょう」


 しかし、彼らの3倍もの巨体のモンスター。

 岩のような鱗が全身を覆い、洞窟の暗がりの中でもぎらりと光を反射している。

 太い尾を一振りすれば壁をも砕き、脚の一歩で地面を揺るがすほどの威圧感だ。


 フレンはその巨大な存在を前に、冷や汗をかきながら冷静に見上げた。


「おいおい、冗談だろ? あれを相手にするって?」

「ですが、フレン様のスキルなら何とかできるはずです」


 ルーナは全く動じない様子で微笑んだ。


「……無茶言うなよ。俺のスキルは回避だぞ? 攻撃力ゼロだぞ?」

「ですが、スキルの特性を活かせば、ドラゴンの攻撃を回避しつつ、隙を見て攻撃することが可能ではありませんか?」

「できるわけないだろ」


 フレンは頭を抱えて深いため息をつくが、ルーナの真剣な目を見て、思わず言葉を詰まらせる。


「それに、あのドラゴンを倒せば、原石が見つかるかもしれません」

「何でそうなるんだよ、ドラゴンが鉱石を守ってるなんて確定してないのに」

「それでも試してみる価値はあります」


 ルーナは静かに断言する。

 その毅然とした態度にフレンはしばらく黙り込む。


「……ま、逃げたところで追いつかれそうだしな」


 しぶしぶ口を開いたフレンの声には、少しばかりの諦めが混じっていた。


「やはりフレン様は頼もしいですね」

「頼もしいんじゃなくて、仕方なくってやつだよ……」


 フレンは苦々しく呟きながらも、拳を軽く握りしめる。

 一方のルーナは、後ろから肩を叩いた。


「大丈夫です、フレン様。私もお手伝いしますから」

「お前は下がってろ、俺がひきつけているから逃げるスキを探ってろ」

「いえ、応援を頑張ります」

強化魔法バフでもかけてくれたらありがたいんだけどな」

「今度勉強しておきます」


 ルーナがさらりと言うと、フレンは「結局一人でやるしかないんだよな」と諦める。


 ドラゴンがじりじりと距離を詰めてくる中、フレンは肩を軽く回し、息を整える。そして、意を決してドラゴンに向き直った。


「よし、やってやるよ。だけどな、これで俺が食われたら、お前が責任取れよな」

「もちろんです、フレン様。食べられたら一緒に死んであげますので」

「なんでだよ」

「これがメイドの土産というモノです」


 ルーナが堂々と胸を張る。


「どっちかっていうと、お前を守る展開になる気しかしないけどな……」


 フレンは苦笑しつつ、ドラゴンの動きをじっと観察し始めた。

 スルースキルで、巨大な相手にどう挑むべきかを模索しつつ、静かに勝負のタイミングを見定めるのだった。


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