第18話 洞窟に行こう②

 洞窟の入り口は険しい岩肌に囲まれ、自然の厳しさをそのまま形にしたような場所だった。足場は不安定で、一歩間違えれば滑落するような危険さえ感じさせる。

 村長が入り口を指差しながら、険しい表情で説明を始めた。


「この洞窟は、村人の誰もが簡単に入れる場所ではありません。中には強力な魔物が潜んでいる可能性があり、道も複雑で、一度入ったら二度と戻れないこともあります」

「なんでそんなヤバい場所にわざわざ原石なんて取りに行くんだよ」


 フレンは腕を組みながら、明らかに不満げな顔をしていた。


「必要だからですな。この村が今まで生き延びてこられたのも、この洞窟で採掘される原石のおかげなのだ」


 村長の答えには重みがあり、フレンもそれ以上突っ込めなかった。


「私も昔はここで鍛えられたものだ。今のこの体も、若い頃のこの洞窟での採掘作業が作ったようなものさ」


 村長が自慢げに自らの屈強な腕を叩くと、フレンはため息を吐いた。


「わかったよ。要するに、俺たちも鍛えられる覚悟で行けってことか?」

「まぁ、そういうことですな。だが、娘を救ってくれた勇者様なら大したことはないでしょう」

「勇者様ってなぁ……まったく、簡単に言うなよ」


 ルーナはフレンの背中を押して


「さぁ行きましょう“勇者様”」

「やめろ、俺は勇者じゃない」


 村長が手を振って、二人を送り出す。

 フレンとルーナは、薄暗い洞窟の入り口を慎重に進み始めた。





 洞窟内は、ひんやりとした空気が肌を刺すように冷たかった。

 壁にはわずかな光苔が生え、かすかに緑色の輝きを放っている。

 道は狭く、天井も低い場所が多いため、二人は慎重に歩みを進めていく。


「これ、一般人が入る場所じゃないだろ……」


 フレンは頭を軽くぶつけながらぼやいた。


「そうですね。ですが、フレン様は普通ではありませんから」


 ルーナがくすくす笑いながら答える。


「おい、それ、褒めてるつもりか? なんか馬鹿にされてる気がするんだけど」

「ふふ、どちらでも取れる言葉ですね」


 ルーナの楽しげな返事に、フレンはまたため息をついた。


「まったく、お前ってやつは……こんな場所でふざけたこと言うなよな。俺だって少しは緊張してるんだぞ」

「それでしたら、少し肩の力を抜いてくださいませ。フレン様が緊張すると、私まで不安になりますわ」

「はいはい、そうですか」


 フレンはルーナをあしらうように答えた。

 まだまだ足を進める二人。


 彼はやや面倒くさそうな表情を浮かべていた。


「おいルーナ、これ、本当に例の原石なんて見つかるのかよ?」

「村長様のお言葉によれば、最奥にある可能性があるとか、ないとか」


 同時に、奥に進めば進むほど強力なモンスターと出くわす可能性も高くなる。

 それを懸念してか、フレンは文句を垂れた。


「なかったらどうするんだよ」

「そのような弱音を吐いているようでは、フレン様が村長のような屈強な体を手に入れる日は遠いですね」


 ルーナはフレンの少し後ろを歩きながら、にっこりと微笑む。


「いや、俺は別に屈強な体なんて求めてないんだけどな。普通にのんびりしたいってだけなんだが……」


 フレンはぶつぶつとぼやきながら、足元の岩に気をつけて進んだ。


「それでは、このような険しい道を歩く必要もなかったですね」

「おいおい、引き受けたのはお前だろ?」


 フレンが振り返りながら言うと、ルーナは少し得意げに笑う。


「フレン様が渋々承諾されるお顔が、案外素敵でしたので」

「何だそれ、俺が面倒ごとに巻き込まれるのを楽しんでるのか?」


 フレンは呆れたように眉を上げた。


「そうではありませんよ。ただ、フレン様がこうして村のために動かれるのを見ると、頼もしさを感じます」

「またそうやっておだてても無駄だぞ」


 フレンはため息をつきつつも、少し顔が熱くなるのを感じた。

 彼女の笑顔に弱いことを認めたくはない。


 洞窟の奥へ進むにつれ、道はさらに広くなり、


「こういう場所、ちょっとくらい整備してほしいよな。村長だって長年使ってたんだろ?」

「採掘をしていたのはごく一部の屈強な方々だけですから、一般の方々が入ることは少なかったのでしょうね」


 ルーナは冷静に答える。


「それにしても、不便すぎるだろ。俺みたいな普通のやつにはハードモードだぞ」

「普通の方はそもそもこんな場所に来ないのですから、フレン様は普通ではないのです」

「だからそれ、褒めてるのか馬鹿にしてるのかどっちだよ」


 フレンが呆れながら問いかけると、ルーナはいたずらっぽく微笑むだけだった。


 二人はさらに進むと、急な下り坂に差し掛かった。

 フレンが慎重に足を運ぶ一方、ルーナは意外と軽やかに下りてくる。


「おい、足元気をつけろよ。滑ったら危ないぞ」

「ご心配ありがとうございます、フレン様。でも、私には護身術がございますので」

「いやいや、護身術で転倒を防げるわけないだろうが」


 フレンは突っ込みながらも、ルーナの余裕そうな様子に呆れてしまう。


「それにしても、フレン様は優しいですね。こうして私を気遣ってくださるなんて」

「気遣うっていうか、お前が転んだら面倒なだけだろ……」

「それでも気遣いには違いありませんわ」


 ルーナが嬉しそうに笑うと、フレンは苦笑いを浮かべながら首を振った。


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