第16話 婚約
翌朝、フレンとルーナはアランを連れて村長の家を訪れる。
村長はアランの姿を見るなり驚きの表情を浮かべた。
「アラン……お前、どうしてここに?」
村長の声には困惑が混じっている。
ルーナが静かに口を開いた。
「村長様、実はこの方、山賊と繋がりがあるだけでなく、背後にアルフォード侯爵という人物が控えていることが判明しました。そして、これまで助っ人が次々とやられていた理由も……」
フレンが腕を組みながら続ける。
「そいつが刺客を手引きしてたってわけだよ。自分たちで山賊を引き入れて、村を好き勝手に操ろうとしてたんだな」
村長は言葉を失ったままアランを睨みつけた。
「アラン……本当なのか?」
アランは何も言わず、ただ目を伏せたまま沈黙している。
その姿に村長は深いため息を吐いた。
「まさか、こんな形で裏切られるとは……信じていたのに……」
アリーが横から顔を覗かせ、怯えたように父親に尋ねた。
「お父様、大丈夫なの?」
村長は娘の頭を優しく撫でながら言った。
「もう大丈夫だ。フレン殿とルーナ殿がすべてを明らかにしてくれた」
村長の目には感謝の色が浮かび、フレンに向かって深々と頭を下げる。
「本当にありがとうございました。お二人がいなければ、この村はどうなっていたかわかりません」
「いや、まぁ……こっちも巻き込まれただけだしな」
フレンは照れくさそうに頬をかきながらとぼそりと呟いた。
「なんて謙虚な方なんだ、放っておくには勿体ない」
「いや、面倒だから避けようと——いたっ」
余計な事を言うなとルーナがフレンの横腹を肘でつく。
「ふふ、そうでしょう。私の自慢の主です」
「なるほど……お若いのに立派な方ですな、そうだ!」
すると村長が突然、にこやかな笑顔を浮かべて言った。
「フレン殿にはぜひこの感謝の意を示したいのですが……フレン殿、どうか娘のアリーをお嫁に貰っていただけませんか?」
「「!?」」
その場にいた全員が固まった。
アリーが真っ赤な顔で叫ぶ。
「お父様、何を言ってるの!?」
「おや、アリーは反対なのか?」
村長は不思議そうな顔をしながら娘に尋ねる。
「反対とかじゃなくて……そ、そんな突然……!」
アリーは顔を真っ赤にして両手を頬に当て、恥ずかしそうに目を伏せている。
一方でフレンは目を丸くし、しばし呆然としていたが、すぐにため息をついて口を開いた。
「いやいや、村長さん。ありがたい話なんだけどさ、俺、結婚とかそういうのはまだ考えてないんだよな。第一、こんな俺が結婚なんて似合わないだろ?」
ルーナが隣で咳払いをしながら軽く手を挙げた。
「フレン様、それは謙虚というより、ただ面倒事を避けているだけではありませんか?」
「だってそうだろ」
フレンは天を仰いだまま、困り果てた顔でため息を吐いた。
「俺なんかと結婚したら、アリーが苦労するだけだって。それに、俺には旅があるし、結婚なんて考える余裕はないんだよ」
アリーは再び顔を真っ赤にして俯きながら、か細い声で呟いた。
「で、でも、フレンさんは優しいし……頼りになるし……」
その言葉に、フレンの胸がわずかに締め付けられるような感覚が走った。
自分なんかにそんなことを言われる資格があるのだろうか、と頭をかくが、隣にいるルーナの鋭い視線がどうしても気になってしまう。
(なんだよ、こいつ。なんでそんな怖い目で俺を見てるんだ?)
ルーナは静かに微笑みを浮かべながらも、その瞳にはどこか冷たい光が宿っていた。
彼女は軽く息を吐き、村長に向き直る。
「村長様、フレン様にはまだ旅があります。ご厚意は感謝いたしますが、この場で結論を出すことは難しいでしょう」
フレンはルーナの言葉に安堵したような表情を浮かべたが、すぐにその微笑が意味するものに気づき、胸の内がざわつく。
(なんで、なんか引っかかる……)
「それに、アリー様のような素敵な方には、もっと相応しい方がきっといらっしゃいます。フレン様は、こう見えてとても自由を愛する方ですから」
「なんだよ、その言い方」
フレンはルーナをじっと見つめた。
「そうでしょうか、スキルをお持ちになってから楽に生きる方法ばかり考えている様子ですが?」
「別にそんなことはないけどな」
ルーナはちらりとフレンに目を向ける。
どこか不機嫌そうに見えるその横顔に、フレンは一瞬言葉を失った。
(なんで、なんかムカついてんだよ。俺が何か悪いことしたか?)
村長は少し残念そうに頷きながらも「そうか……それでは仕方ありませんな」と引き下がった。アリーは寂しそうな顔をしながらも「お父様、もうその話は……」と村長の袖を引っ張る。
一方で、フレンの胸の中には別のざわつきが渦巻いていた。
アリーの健気な姿に申し訳ない気持ちを抱きつつも、隣のルーナの存在がどうしても頭を離れない。
(なんだよ、この気まずい感じ……俺たち、ただの主とメイドだろ?)
ルーナもまた、ちらりとフレンに視線を向けては、微妙な表情を浮かべている。
(アリー様の気持ちを尊重するのがフレン様のためだと思っただけ。それだけのこと……のはずですわ)
二人の間に漂う微妙な空気に気づいているのは本人たちだけではなかった。
彼らが部屋を離れると、ルーナはふと息をつき、フレンに向き直った。
「……フレン様、少し言葉を選んだ方が良かったのではありませんか?」
「お前な……俺だってちゃんと断るために言ったんだよ。そりゃ悪かったけど、俺の気持ちも少しは考えろよな」
「私のことは関係ないでしょう?」
ルーナはすました表情で答えたが、その声にはわずかな刺々しさが含まれていた。
フレンは唇を噛みしめ、目を逸らした。
「……関係ないけどさ、お前だって俺が誰かと結婚するなんて、あんまり想像つかないだろ?」
ルーナは答えないまま、わずかに俯いてしまう。
その横顔に、フレンは何か言おうとして、結局何も言えなかった。
自分でも気づかない、どこかちぐはぐな感情が二人の間に漂い続けているようだった。
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