第14話 影分身

 アランは森の中を疾走していた。

 彼の足音が枯れ葉を踏みしめ、暗闇に消えていく。

 その背後では、しっかりとルーナが距離を詰めてきている。


「どこまで逃げるつもりですか!」


 彼女の声が静かな森に響くが、アランは振り返ることもなくただ先へ進むだけ。

 しかし、その様子を見たフレンは、森に入るなりぼそぼそとぼやき始めた。


「ルーナ……もう少し静かに追いかけろよ」


 フレンは木々の間を抜けながらも、やや気だるげに足を動かしていた。

 森の中は不規則な地形が広がり、追いかけるのも一苦労だ。


「まあ、あの騒ぎだとアランも気が散ってくれるかもしれないけど……」


 その時、不意にルーナの悲鳴が聞こえた。


「キャッ!」


 フレンが反射的に足を止め、声のする方を見た。

 そこには、木の影から現れたもう一人のアランが短剣を振りかざし、ルーナを狙っていた。


「ルーナ!」


 フレンはすぐに駆け出し、ルーナの身体を抱えた。

 そのまま一気にその影の攻撃を回避しながら、手刀を一閃。


「ていっ!」


 影は霧のように形を崩し、消え去った。

 それを見たフレンは、驚きの表情をしている


「今のは……影?」

「どうやら向こうも何やらスキルを扱うようですね」


 ルーナが不機嫌そうに呟くと、フレンは険しい表情を浮かべた。


「ということは、今追いかけているのも影なのか?」

「いえ、本物も混じってるはずです。面倒ですが見極めなくてはなりません」


 フレンはやれやれと肩をすくめながら、再び森の奥へと走り出した。


 フレンとルーナは影を警戒しつつ、森の奥へと足を進めていった。

 月明かりが木々の隙間から漏れ、ぼんやりとした視界の中、二人の足音だけが響く。


「しかし、本当に面倒だな。スキルまで使って逃げ回るなんて」

「それだけ何か隠したいことがあるのでしょう。山賊とのつながりを追及されるのが、よほど都合が悪いのでしょうね」


 フレンがぼやくと、ルーナが冷静に返す。


「まぁ、俺にはあんまり興味ないけどな。正直、こんな夜中に追いかけっこなんてやりたくないし……」


 しばらく走ると、視界が開けた場所にたどり着いた。

 月明かりに照らされた広場には、無数のアランの影が待ち構えていた。


「げっ、今度は複数かよ……」


 影たちはどれも同じように短剣を持ち、薄笑いを浮かべながらフレンを囲んでいる。


 アランが不敵な笑みを浮かべながら、周囲に出現した影分身たちを見回した。

 影たちは薄笑いを浮かべながら短剣を構え、フレンとルーナをじりじりと囲んでいる。


「ははは、形勢逆転だな。どうだ、もうお前たちの逃げ場はないぞ」


 フレンは腰に手を当て、少し苛立ちながらも冷静に状況を観察していた。


「げっ、今度は複数かよ……でも、これもまた影だろ? 本物はどこだよ」


 アランは満足げに笑い声を上げる。


「本物を見つける? さあ、できるかな。俺のスキル『影分身シャドウコピー』は、ただの幻影じゃない。それぞれが独立して動き、本物と同じように戦える。そして、どこに本物がいるのかは絶対にわからない」

「へえ、ずいぶんと便利なスキルだな。でも、影分身なんて言うからには、弱点もあるんだろう?」


 フレンはあくまで余裕のある口調で問いかける。

 アランの笑みがさらに深まる。


「弱点? お前に見抜けるもんならやってみろよ。影を相手にするだけで精一杯のくせに」


 ルーナが冷静に観察を続けながら、フレンの隣に立つ。


「フレン様、ここで無駄に体力を消耗するのは得策ではありません。本物を確実に見極めるべきです」

「わかってるさ。でも、あいつが黙って本物の場所を教えるわけないだろう? 危ないからルーナは下がっていてくれ」


 そう言い、フレンは一歩前に進み、影たちを睨みつけた。


「なあ、アラン。本物がお前だとして、こんな小細工ばっかりで何が楽しいんだ? 本当に自分で戦う自信がないんじゃないのか?」


 アランは表情を歪め、一瞬言葉に詰まったが、すぐに笑い飛ばした。


「自信がない? 笑わせるな。これは戦術だ。無駄に力を使わずに敵を混乱させるのが賢いやり方だろう?」

「確かに、効率的な戦い方ってやつか。でも、影ばっかりに頼って自分を隠してるってのは、ただの臆病者のやることだと思うけどな」


 その言葉にアランの目が細まる。


「……黙れ。言わせておけば好き勝手言いやがって」


 影たちが一斉に動き出し、フレンとルーナに迫ってきた。

 フレンはスルースキルを発動し、次々と影の攻撃をかわしていく。ルーナも短剣を手に、冷静に影を迎え撃っていた。


「フレン様、攻撃を仕掛ける必要はありません。本物を見極めるまで回避に徹しましょう」

「いやいや、回避だけじゃ面倒くさいだろ。どうせ本物を見つけたら終わりなんだから、さっさと片付けよう。それに、俺は早く面倒ごとを終わらせたいからな——」


 フレンはスキルの直感を頼りに、影の動きに注意を払いながら本物を探し始めた。

 そして、影の中の一体がほんのわずかに他と違う動きをした瞬間、フレンはその影に向かって飛び込む。


「よっと!」


 フレンが拳を振り下ろすと、影は消えずに苦しげな声を漏らした。


「ぐっ……!」


 アランの本体がその場で後退する。


「ほら見つけた。本物はお前だろ?」


 フレンは自信満々に微笑んで言った。

 アランは唇を噛みしめ、悔しそうにフレンを睨む。


「くそっ、どうして……!」


 アランは再び分身を作り出し、フレンの視界を混乱させようとしたが、ルーナがその動きを封じる。


「もう無駄です。私たちは貴方の手口を理解しています!」


 ルーナは見抜いていたのだ、アランの影分身の弱点を。


「本体より先に動く影はいません。その僅かな動きのズレをフレン様は見抜いて攻撃されました。そして本体が追い詰められればもう身を隠すことはできないでしょう?」

「はぁ……ここまでお見通しとは」


 アランは動きを止め、短剣を落とした。

 フレンは大きく息を吐きながら、ルーナに軽く目配せする。


「やれやれ、ほんと面倒くさいな。影分身なんて、もう見たくないぞ」


 ルーナは微笑みながらも真剣な目でアランを見据えた。


「これ以上の抵抗は無意味です。すべて話していただきますよ」


 アランは肩を震わせながら、静かに笑い始めた。


「ふん……全部、話せってか。どうせ村長に引き渡されて終わりだろうが」

「そうだな。それが嫌なら、おとなしくしておけよ」


 フレンは軽く肩をすくめ、「めんどくさいなぁ」と言いながら、アランを押さえつけたまま森を後にした。

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