第12話 一緒に寝ますか?

 その夜、二人は村の宿で休むことになった。

 宿の主人が案内した部屋はシンプルだが清潔で、暖かな雰囲気が漂っている。

 フレンは一瞥するなり、ベッドに倒れ込むように横たわり、ため息をついた。


「おいルーナ、なんで勝手にあんな話を引き受けるんだよ。俺たち、ただでさえ疲れてるのに」

「フレン様、アリー様を助けた以上、この村を見捨てるわけにはいかないではありませんか」


 ルーナは涼しげな笑みを浮かべて答えるが、フレンは不機嫌そうに枕に顔を埋めた。


「俺は見捨てるつもりなんてないけどさ……巻き込まれるのが嫌なだけだよ。のんびり旅がしたいって言ってるのに」

「フレン様、それが旅というものではありませんか? 予期せぬ出来事も含めて、旅の醍醐味だと存じますが」

「お前はいつもそうやって、うまいこと言って俺を動かそうとするよな……」


 フレンがぼそぼそと愚痴をこぼしていると、ルーナは優雅に椅子に腰を下ろし、やや楽しげな表情を浮かべた。


「でも、フレン様が戦ってくだされば、村は必ず救われます。それに、私もお手伝いいたしますので」

「手伝うって、お前護身術くらいしか知らないだろ……」

「私が危ない状況に陥った際は、必ず助けてくださいますものね」

「なんでそう言い切れるんだよ」


 すると、ルーナの表情は優しくなる。


「ふふ、ご自覚がないのですね。そういう所は貴方らしいです」


 何のことだか分からないフレンは


「まあ、いいけどさ。俺のスキル、もっと尊重してくれよな」


 そう言いながら目を閉じようとする。

 だが、その瞬間、ルーナが意外な提案を口にした。


「そういえば、フレン様」

「……ん? なんだよ、今度は」


 ルーナはフレンの横に腰掛ける。

 頬に手を添え、少し意味ありげな笑みを浮かべた。


「お部屋は別々ですが、もしお望みなら私がフレン様と同じベッドでお休みしても構いませんよ?」


 フレンはその言葉に眉を動かし、顔だけを向ける。


「……は?」


 彼女の提案はあまりに唐突で、真意を測りかねた。

 だが、ルーナの表情は至って真剣で、冗談を言っているようには見えない。


「何かあったとき、すぐに対応できますし……それに、寒くはありませんか? 私が一緒なら温かくお休みいただけるかと思いますが」


 ルーナの言葉はどこか落ち着いており、全くの善意からくるもののようだ。

 フレンは小さくため息をつき、顔を天井に戻した。


「いやいや……何を言い出すんだよ、お前」

「何もおかしいことは申し上げておりません。フレン様の身を守るためには、私がそばにいるのが一番ではありませんか?」

「……いや、それは分からなくもないけどさ。普通、そんなこと言うか?」


 フレンは冷静を装いながらも、内心で葛藤していた。

 確かに、こんな状況でルーナのような美人と同じベッドで寝るのはやぶさかではない。

 だが、どう考えてもこの場ではハレンチというか、不健全ではないか——そんな思考がぐるぐると頭の中を巡る。


「おい、そもそも俺たち主従関係だぞ。主従で同じベッドってのは、なんか違うだろ」

「そうでしょうか? 私は主の安全を最優先に考えております。それに、フレン様が“女性”として私を意識しているのなら、そこはむしろ光栄なことですわ」

「お前、それ絶対わざとだろ……」


 ルーナは少しだけ口角を上げ、まるで彼の反応を楽しむような表情を浮かべる。


「フレン様、何か問題がありますか? その“強いスキル”をお持ちのあなたなら、この程度……私と一緒に寝ることも容易にやり過ごせるのではないですか?」

「……それが出来れば苦労しないんだよ」


 フレンは心の中で呟きながら、小さく息を吐いた。

 そして淡々とした口調で返す。


「悪いけど遠慮しとくよ。一緒に寝たら、こっちが不健全な目で見られかねないからな。分かっていないのかもしれないが、お前が美人すぎるのが悪い」

「まぁ……褒めていただいていると受け取ります」


 ルーナは軽くお辞儀をして、柔らかな微笑みを浮かべた後、軽やかに立ち上がった。


「では、今夜は別々にお休みいたしましょう。おやすみなさいませ、フレン様」


 彼女が部屋を出て行った後、フレンは頭を抱えながら長い溜息を吐いた。


「ったく……このスキルも万能じゃないな、ほんと」


 あの美人と一緒に寝ることを想像してしまった自分を、少しだけ叱りながらフレンは目を閉じた。

 だが、脳裏に浮かぶルーナの微笑みがなかなか消えず、結局しばらく眠れなかった。


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