第10話 道中にて
村へ向かう道中、アリーは両手でスカートの裾を軽く持ち上げながら、一生懸命にフレンたちについてきていた。少し小走りになるたび、彼女のポニーテールがふわふわと揺れる。
時折、足元の石につまづきそうになるので、フレンは危なっかしい奴だなと思っていた。
「おい、大丈夫かよ」
フレンが少し呆れたように声をかけると、アリーはにっこり笑って振り返った。
「えへへ、大丈夫ですっ♪」
その笑顔に、フレンは一瞬言葉を詰まらせる。
だが、すぐに気を取り直し、小さくため息をついた。
「危なっかしいな……もっと足元を見て歩けよ」
そのやり取りを見ていたルーナが、ふとフレンの隣に歩み寄る。
彼女は少し厳しい目つきで、冷静にフレンを見上げた。
「フレン様、そのような言葉遣いはいかがかと存じます」
「なにが?」
「女性に対して『おい』だとか『お前』だなんて、失礼ではありませんか?」
フレンは少しムッとしながらも、反論する。
「いやいや、別に失礼ってほどじゃないだろ。危ないから声をかけただけだし」
「ですが、アリー様はまだ若い村娘で、可憐な方です。紳士たる者、もっと丁寧な言葉を使うべきでは?」
「……いいじゃないか、今の俺の性に合わないんだよ」
フレンがぶつぶつ言いながら視線を逸らすと、アリーが控えめに笑いながら二人の間に入った。
「あの、私、全然気にしてませんよ! フレンさんが気にかけてくれるだけで嬉しいです!」
「ほら、本人がこう言ってるんだからいいだろ?」
フレンは少し得意げにルーナを見るが、彼女は呆れたようにため息をついた。
「アリー様が気にされないとしても、フレン様の品位が問われます。もっと丁寧な振る舞いを心がけてください」
「はいはい、気をつけるよ……まったく、気楽に話せないな」
その反応に対し、ルーナはボソッと呟く。
「……本当のフレン様はもっと、お優しい方なのですから」
だが、フレンの耳には届かない。
そのぼやき聞いて、アリーはくすくすと笑い、楽しそうに二人を見つめた。
「でも、フレンさんとルーナさんって本当にお強いんですね。ルーナさんは強面の男の人に立ち向かうし、フレンさんはあんなにスルスルっと避けて、それでバシッと山賊を倒して……!」
彼女はまるで目の前で見た戦いを再現するかのように、手をひらひら動かしながら話す。
その無邪気な様子に、フレンは顔を引きつらせた。
「いやいや、そんな大げさなもんじゃないって……ただ避けただけだから」
フレンは照れ隠しのように手を振りながら言うと、ルーナが小さくため息をついて、アリーに話しかけた。
「実際には、フレン様はとてもお強いのですよ。ただ、ご本人がそれを認めたがらないだけです」
「えぇ~、そうなんですか? フレンさんって、実はすごい人だったんですね!」
アリーは大きな瞳を輝かせながら、フレンの顔をじっと見つめる。
その純粋な視線に、フレンは思わず視線を逸らしてぼやいた。
「すごくないよ。ただ避けただけって言ってるだろ。俺、武器も何も持ってないし……」
アリーは少し目を丸くしながら、不思議そうに首をかしげた。
「でも、どうして回避スキルだけで山賊を倒せたんですか?普通は避けるだけじゃ戦えない気がするんですけど……」
アリーの素朴な疑問に、フレンは少し困ったように目を逸らした。すると、ルーナが軽く一歩前に出て、胸を張りながら自信満々に答えた。
「それには理由があります、アリー様。フレン様は幼い頃からご実家で武芸の基礎訓練を受けておりました。私は護身術程度しか習得しておりませんが、その経験を活かし、フレン様の動きに磨きをかける手伝いをしていたのです」
「えっ、フレンさん、そんなすごい訓練を受けてたんですか?」
アリーは目を輝かせながらフレンを見つめる。
その視線を受け、フレンはめんどくさそうに頭をかいた。
「いやいや、家がうるさくて無理やりやらされただけだよ。あんまり真面目にやってた記憶はないし……」
「フレン様、謙遜なさらなくても結構ですよ」
ルーナは微笑みながら続ける。
「私がメイドとしてフレン様の護身術をお手伝いした頃から、その動きの良さには目を見張るものがありました。それが今、回避スキルと組み合わさり、山賊ごときでは太刀打ちできないほどの力となったのです」
「おいおい、ルーナ。お前が手伝ったなんて言ってるけど……基本的に見守るだけで、具体的な技とか教わった覚えはないぞ?」
フレンがぼそりと突っ込むと、ルーナは少し首を傾げてさらりと言い返した。
「見守ることも重要な指導の一環です。フレン様がここまで動けるようになったのも、私が日々鍛錬の場を整え、的確な助言を与えてきたおかげですわ」
「それ、手伝いっていうより、ただの準備係じゃないか……」
「こういう所はスルーしないのですね」
ルーナが小言を言う一方で
「フレンさん、本当にすごいです!」
アリーはフレンのぼやきを全く気にせず、無邪気に手を合わせて喜んでいる。
「いやいや、俺がすごいんじゃなくて、家の方針が過剰なだけだって……」
フレンが小さくため息をつくと、ルーナは満足げな表情でアリーに話を続けた。
「アリー様、フレン様はいつもこうして控えめに振る舞われますが、実は非常に頼もしい方なのですよ」
「本当に頼もしいですね! じゃあ、フレンさんがいれば、もう怖いものなしですね!」
アリーはスカートの裾を軽く揺らしながら、ぴょんと一歩跳ねる。
その無邪気な姿にフレンは少し目を見開き、戸惑いを隠しながらぼそりと呟いた。
「いや、そんな過大評価されても困るんだけどな……」
「フレン様、頼もしいと言われることを誇りに思ってくださいませ」
ルーナは微笑みながら、フレンの肩を軽く叩いた。
「褒められる為にこんなバカみたいなスキルを選んだわけじゃないんだけどな……」
フレンのぼやきが響く中、アリーは彼の近くを小走りで追いつつ、楽しそうに笑っていた。
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