第7話 初めての旅
家を出て隣町を目指して道を歩いていたが、思った以上に道は険しい。
次第にルーナの足取りが遅くなってきたが、フレンは気に留めることもなく、どんどん前へと進んでいく。
「歩くのは、なかなか骨がありますね……」
「そうかな? 旅ってこんなもんだと思ってたけど」
フレンは軽い口調で返し、どんどん先へ進む。その様子に、ルーナはため息をつきながらも必死についていこうとする。
「フレン様……少し、歩くペースを落とされてはいかがですか?」
「え、どうして? ルーナはメイドとして鍛えてるし、大丈夫だろ? すぐに隣町に着くしさ」
フレンの言葉に、ルーナは一瞬険しい表情を浮かべ、ふいにフレンの前に立ちはだかる。少し頬をふくらませ、怒ったような目で彼を見つめてきた。
「……フレン様、少しお話しさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「え、なんだよ急に」
「フレン様、私は確かにメイドとして体力も鍛えられておりますが、普通の女性としての扱いもしていただきたいのです。旅で疲れている私を気にも留めず、先に行ってしまうのは紳士としてどうかと思いますよ」
「え、気遣いって……歩くのを?」
「はい。紳士たる者、女性が無理をしているときには、当然歩調を合わせるべきではありませんか?」
フレンは驚いたように目を丸くする。
確かに、彼女をただ“体力があるメイド”としか見ていなかった自分に気づくが、それでもスルースキルが働き、心の中で「めんどくさいなぁ」と思ってしまう。
彼のスルースキルは、面倒なことや細かい気遣いを気にしないという便利なスキル。
余計なことを考えるだけで疲れてしまうから、基本的に何事も「まぁいいか」とスルーしてしまうのだ。
しかし、目の前で怒っているルーナの視線には、さすがにスルースキルも通用しない。
「分かりました、フレン様のその無神経な態度はスルースキルの影響なのですね。ですが、それで女性への気遣いまでスルーしてしまうのは……いただけません」
「いや、でも……疲れないか? そんなに気を遣ってたら」
「私は気遣いを惜しみません。それが紳士たるべきフレン様の成すべき姿であると信じています!」
そう言い切られると、フレンもさすがにスルーできず、面倒だと思いつつも少し反省の色を見せる。
「分かったよ、少しは気を遣ってみる。これでいいか?」
「はい、ありがとうございます。これからも、よろしくお願いいたしますね」
ルーナが満足そうに微笑む姿を見て、フレンはしぶしぶと歩調を合わせて歩き出した。
疲れるからとスルーばかりしていたが、時には女性への気遣いも必要らしい。
スルースキルも万能ではないのだと、彼は内心で少しだけ認めるのだった。
「しんどくなったら言ってね」
「大丈夫です、フレン様に合わせますから。むしろフレン様こそ、無理はなさらないように」
だったらなんでそんなこと言ったんだよ、と軽口をいいそうになるが危うく回避した。
女性への小言はトラブルの種になるかもしれないからだ。
「はぁ、また面倒ごとが起きないといいな……」
「何かおっしゃいましたか?」
「なんでもないよ」
危うく琴線に触れるところであったフレンだが、そこにトラブルが舞い降りる。
「きゃあああぁぁぁっ!!」
「「!?」」
ふと前方に目を向けると、道端で少女が悲鳴を上げているのが見えた。よく見ると、山賊に囲まれて怯えているではないか。
「フレン様、あれは……!」
「山賊だな。女の子が襲われてる」
フレンは少し面倒そうに目を細め、ため息をついた。
「なんて面倒な……よし、スキル発動——回避」
そうつぶやき、スルースキルを発動して気配を消す。
さっとその場をやり過ごそうとしたが——
「どこへ行くおつもりですか、フレン様!」
「ぐえっ!」
鋭い声と同時に、ルーナがフレンの首根っこを掴んで引き戻す。
「何をするんだ、ルーナ」
「何をしているのは貴方です、今まさに助けを求めている人がいるのに、スルーしようとするなんて」
淡々と冷静にフレンを指摘するルーナだが、フレンは素っ気なく言い返す。
「だってさ、危ないじゃないか。相手は剣を持ってるんだぞ。こんな厄介事に首を突っ込む必要ないだろ」
その言葉に、ルーナは冷たい目で彼を見据えてため息をつく。
「それが貴族として、そして紳士としての態度ですか? 先ほど、女性に対する気遣いを求めましたが……フレン様、また忘れてしまったのですか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどさ。そもそも危険だ、ルーナだって怪我するかもしれないし、無理に近づくべきじゃないって」
フレンは、彼女のためを思って言ったつもりだったが、ルーナはそんな言葉にも納得せず、しっかりとした口調で答えた。
「それなら、私が一人で助けます。フレン様はどうぞここで“スルー”していてください」
「いや、だから危ないって。ルーナ、お前が行ったら——」
だが、彼女の決意は固いものだった。
「はぁ……では、こうしましょう。もし山賊をうまく倒してしまえば、フレン様も“厄介事”ではなくなるでしょう?」
そう言って、ルーナはフレンの腕を軽く振り払って前へ歩き出してしまう。
彼女が毅然とした態度で山賊に向かっていく姿に、フレンは唖然とした。
「……ほんとに行くのかよ」
心配でたまらなくなったフレンは、結局ルーナを追うようにして山賊の前に立った。
「何をしているのですか、貴方たちは!」
「なんだぁお前……?」
その様子を呆れて見ていると、下卑た声まで聞こえてくるではないか。
「おっ、よく見たらキレイな女だな…」
「高く売れるかもな……おい、こいつも拉致しちまうか?」
そのような軽蔑すべき言葉を耳にすると、フレンは内心「めんどくさい」と思いながらも、もう黙っていられなくなった。
「……本当に仕方ないな」
フレンはやれやれとため息をつきながらも、ルーナのそばに立ち、山賊を睨みつけた。
「おい、俺の連れに手を出すなよ。俺もさすがに“スルー”できなくなってきたんだからな」
その一言に、山賊たちは驚いた表情を見せるが、すぐににやりと不敵に笑い返す。
「なんだお前は?」
「ただの一般紳士だよ」
「意味わからんが、ただの雑魚だな。おい、やっちまえ!」
山賊たちは嘲笑しながら次々と獲物を構え、一斉にフレンに襲いかかってきた。
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