第4話 僕は彼女の何も知らない
僕が人生で初めて精神科を受診して、統合失調症だと診断されたのは大学一年生の冬だった。けれど、病の始まりは……「何かがおかしくなった」のはずっとずっと前だったような気がする。
中学二年生の頃だった。僕は「自分の背骨が曲がっている」という考えに取りつかれてしまった。
真っ直ぐに立って足の指先を見下ろすと、お腹の位置が少しだけ左にずれている。何度確認しても、やっぱり微妙に曲がっている気がする。
死んでしまうかもしれない、と思った。
今となっては何の根拠もない、おかしな考えだと分かる。けれどそのときの僕は本気で思い詰めていた。
それから、腕の埋没毛が気になってしょうがなくなった。このまま放置したら癌になってしまうのではないかという恐怖が、ぬぐってもぬぐっても消えなかった。
「なっちゃん、僕、もうすぐ死ぬかもしれない」
震える声で打ち明けた僕を見て、クラスメイトのなっちゃんは
「そんぐらい、誰にでもあるよ。心配しすぎ」
と呆れたようにため息をついた。
「でも、背骨曲がってるし、皮膚癌になるかもしれない」
「あのさぁ、その話もうやめてくれん? 鬱陶しいよ」
「うん……」
ざわざわとした不安は消えなかったけれど、僕は口をつぐんだ。
自分の体が自分のものではなくなるような、そんな違和感が常にあった。
自分の心がそれまで信じていたはずの「僕はこういう人」という認識からどんどん外れていって、わけの分からない他人のようになってしまった。
なっちゃんは、不安定すぎた僕によく付き合ってくれたと思う。
僕の所属していた進学校の特進クラスは生徒が三十人しかいなかった。その中で、彼女だけが僕と一緒にいてくれた。真っ直ぐに、僕を好いてくれている……と思っていた。
中学三年生に進級するとき、彼女は特進クラスから文系クラスに移っていった。それでも、僕は彼女に会うために隣の教室をたびたび訪れていた。
ある日、なっちゃんは深くため息をついた。
「もう会いに来るのやめてよ。迷惑なんだ」
心が押し潰された。
友だちだと思っていたのは、僕だけだったのだ。
ただ都合が良いから一緒にいてくれただけだったのだ。
ぼろぼろと涙をこぼしながら、廊下を歩いた。
それからしばらくして、なっちゃんが病院に入院したという話を聞いた。幼い頃から重い体の病気を患っていて、手術を繰り返していたらしい。そんなこと、僕には打ち明けてくれなかった。
そのとき僕はやっと、彼女の連絡先すら知らないことに気付いた。
そのまま彼女は退学し、僕の世界からいなくなった。
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