第3話 閉鎖病棟

 入院した翌日の朝の血液検査で大きな問題がなく、女の子は午前中に退院することになった。

 昨日の会話が胸に刺さったままだった僕は、彼女が去る前に病室を訪ねた。

「こんにちは」

 カーテン越しに声をかけると、「はい」と感情を抑えた返事があった。ためらって、けれど意を決してカーテンを開ける。

 女の子は既にパジャマから可愛らしいワンピースに着替え終わっていた。ベッドの上に置いたボストンバッグに、タオルをぎゅうぎゅうに詰め込もうとしている。僕をちらりと見て、電池が抜けるように手を下ろした。

 彼女は目をふせて、しばらく黙ったままだった。気怠げに、口を開く。

「……閉鎖病棟の入院って、どんな感じなんですか。本当に、人権を奪われるんですか」

「どうして」

「私も、入院することになるかもしれなくて」

 気怠げなのではなく、諦めや絶望が彼女を支配しようとしているのだと気付く。僕はごくりと息を呑んで、慎重に言葉を選んだ。

「確かに、スマホを使える時間が決められてたり、天井にカメラの設置された部屋があったり、不自由はあると思う。でもそれは患者さんの命を守ったり、治療のために必要だからで、不必要に自由を縛ったりしない。ちゃんと一人の人間として尊重される」

「私が聞きたいのは、そんなことじゃない。あなたが患者としてどう思ったのか、ってことなの」

 女の子が声を荒げた。体が強張るのを感じる。僕の言葉が、彼女の人生を変えてしまうかもしれないと自覚する。

「……正直に言うと、早く退院したくてたまらなかった。じりじりとヒリつくような日々だった。でも、今は入院して良かったと思う。入院してる間に自分に合う薬を見付けられたおかげで今は体調が良くなってるし、それに……」

 息を深く吸って、吐く。

「家族とか学校とか周囲の目とかインターネットとか、そういうごちゃごちゃしたものから一旦離れて自分を見つめ直す時間を取れたのは、良かったと思う」

「そっか」

 女の子は目をつむって、それっきり何も言わなかった。僕はカーテンを閉めた。

 本当は、彼女にとって閉鎖病棟がどんな場所になるのか、僕には分からなかった。

 数年前に二ヶ月だけ入院したときの僕は統合失調症の症状である激しい幻覚と妄想に圧倒されていて、家で過ごせるような状態じゃなかったから。脳を休めるための入院だった。彼女とは事情が全く違う。

 病棟の廊下を歩きながら、自分が何もできなかったことをひしひしと思い知って、鈍く痛む胸をかきむしった。

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