第2話 むちゃ食い

「僕も、精神科に通ってるんです。閉鎖病棟に入院したこともあります」

 僕がそう言うと、女の子は目を閉じた。話しかけて欲しくないのだろうと判断し、カルテの表示されたパソコンの前に戻る。キーボードに手をかけたが、どうにも胸がザワザワして文字が打てない。

 失言だった。自分が精神疾患であることなんて、わざわざ患者さんに言うべきことではない。不安にさせてしまうだろうし、治療に必要な医師と患者という関係性に支障が生じる可能性だってある。

 彼女の辛さを和らげるための、もっと適切な声かけがあっただろうと思う。けれど僕は、嘘がつけなかった。患者さんの前で医師を演じきれず、本音で接してしまうのが僕の悪いところだ。そして、心に傷を負ってばかりいる。

 国試に合格し、初期研修が始まってもう一年と半が経つのに、こんな有様だなんて。

 もっと、強くなりたい。


 十七時の定時で仕事を上がった後、帰り道の途中にあるコンビニに寄った。目に付いたお菓子やおつまみをどんどん放り込み、あふれそうになったカゴをレジに持って行く。年配の店員さんは優しげにニコニコしながら、「おしぼり何個付けますか?」と聞いてきた。まさか、僕が一人で全部食べるだなんて思っていないだろう。……いや、本当にそうか? 飲み会の買い出しにしては、週に三回は頻度が高すぎる。それに僕は、かなりの肥満だ。バレているかもしれない。すごく恥ずかしい。

「おしぼりは、要らないです」

 すぐに店を飛び出したい気持ちを抑えながら、会計を済ませた。


 僕は実家暮らしである。玄関のドアを開けると、リビングで母が観ているニュース番組のナレーションが聞こえてきた。「ただいま」と小声で言い、二階の自室に直行する。

 こたつの上に、コンビニの袋を置いた。仕事着から着替えもせず、お菓子の袋を開け、口に詰め込んだ。ザワザワしていた胸が、だんだんと落ち着いて来る。体と心のしんどさが緩んで、ホッとした。

 コンビニで買った食べ物はまだ半分残っているが、母にバレるわけにはゆかないので、クローゼットの中に隠した。

 何食わぬ顔でリビングに降り、

「お母さん、今日の夕飯は何?」

と、弾んだ声を出す。

 過食した後も、僕は吐かずに、家族と一緒に普通の食事を摂る。

 心がひどく揺らぐと、たくさん食べることで感情のバランスを取ろうとするのが僕の癖だ。

 それに加えて、統合失調症の治療薬である抗精神病薬の一部には、食欲を増進させる副作用がある。


 シャワーを浴びた後、自室に戻ると、また胸がザワザワし始めた。あの患者の女の子は、大丈夫だろうか。オーバードーズの症状が出てきて苦しんだりしていないだろうか。彼女を心配する気持ちと、精神疾患を持つ医者になんて診てもらいたくないと言われるかもしれないという不安がない交ぜになって、溢れ出す負の感情に耐えきれずに、僕はお菓子の袋を開けた。

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