さよなら私の電波少女
紫陽花 雨希
第1話 私の気持ち…分からないですよね?
統合失調症は有病率が約1%のありふれた病気であり、薬によって症状が改善することの多い、治療法のある病気である。
かつて一般的だった不治の病というイメージは既に過去のものになりつつある。
だから今、悲劇やファンタジーとしてではなく、ごく普通の生活を送っている一人の人間の物語として語ることに意味があるのではないかと思う。
発症してしまった患者さんとご家族が未来への希望を失わないように。
そんな祈りを込めて、私はこの物語を始める。
☆
救急車のサイレンが近付いてくる。僕は輸液セットのチューブを繋げて組み立てて、その先を点滴台にかけられた生理食塩水の詰まったバッグに差し込んだ。チューブの中が水に満たされる。その時、冬の冷たい風がひやりと頬をなでた。振り向くと、ちょうど救急外来の入り口から、患者さんをのせたストレッチャーが入ってくるところだった。
OD……オーバードーズをした患者さんだと、救急隊員から前もって聞いていた。
僕は採血と点滴をするための道具が入ったトレーを持って、患者さんに駆け寄った。
血圧や、指先で測る酸素の値、呼吸数などのバイタルサインが安定していて、会話もできる状態だったので、取りあえず緊急の処置は必要ないというのが救急当番の医師の判断だった。しばらく入院して様子を見ることになり、どこの病室に入るかが決まるまでの間、患者さんは救急外来のベットの上でじっと天井をながめていた。
高校生の女の子だ。髪の毛を淡いピンク色に染めていて、服もフリルやレースがたくさん付いたすごくお洒落なものを着ている。
電子カルテへの記入が終わって手の空いた僕は、そっと彼女に近付いた。
「具合、どうですか? 気持ち悪くない?」
「ちょっとふわふわする」
女の子は天井に視線を向けたまま、ぽつりと呟いた。
オーバードーズをした経緯は既に先輩の上級医が聞いていたので、僕は根掘り葉掘り質問をするつもりはなかった。
「体調がすごく悪くなったり、困ったことがあったら言ってくださいね」
女の子がうなずく。立ち去ろうと僕が背を向けたとき、
「あの、」
と小さな声が引き留めた。
「怒ってますか? 迷惑な奴が来た……とか思って」
振り返る。女の子の何かに怯えたような目が僕を見ている。
「……思わないですよ」
「本当に? お医者さんなんて、私みたいな病んでる子の気持ち、分かんないですよね」
彼女の言葉は、グサリと僕の胸に刺さった。
「全く分からない……というわけではないかもしれないです。だって僕も」
統合失調症という、精神疾患を持っているから。
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