月と夜

憑弥山イタク

月と夜

 初めて出来た恋人は、4つ歳下だった。初めて会った時には、彼が高校生だとは知らなかったのだ。だけども彼は、私が好きだと言ってくれた。私も、彼を好きになり、愛してしまった。

 初めてのキスは、半年前の夕方。仕事を終えた私は、下校中の彼と会い、カフェに行った。彼はいつもキャラメルマキアートを注文する。苦いものは苦手だからと、いつも甘いコーヒーを飲む。甘いものが好きで、キャラメルを味わった後の顔が、酷く愛らしく、彼に抱く好意はいつも私の腹の底を突く。

 あの日。私は遂に、彼とキスをしたのだ。ファーストキスはレモン味だというけれど、私の場合は、キャラメルの混ざったコーヒー味だった。きっと彼が味わったのは、私の飲んだカフェモカの味だっただろう。


「次の土曜日、空いてますか?」


 遊びに行く時は、いつも私から誘った。けれどもあの日だけは、彼が私を誘ってきた。頬と耳を少し赤くして、若干覚束無い彼は、いつにも増して愛らしかった。

 そして、今日は土曜日。私も彼も休日で、明日も休み。仮に一夜を共に過ごしても、明日の昼まで眠っていられる。

 これまでの人生で、こんなにも緊張した時間は、きっと無いだろう。


「お、お待たせ……」


 彼の好みに合わせて、今日はノースリーブのニットを着て、ロングスカートを履いてきた。ただ、ノースリーブで歩くには少し冷える為、お気に入りの上着を羽織った。

 私の選んだ衣装は、効果覿面だったらしい。合流してから、ずっと彼は、私の方をチラチラと見てきた。他人から見られることはあまり好きではないが、彼から見られることは、存外悪くはないらしい。

 店を転々とし、いつものカフェでコーヒーを飲んだ後。私達は初めてカラオケに行った。

 個室に入り、私は上着を脱いだ。ノースリーブのニットを纏った私の体が、初めて彼の前に晒された。

 途端に、彼の中にあった理性が壊れ、彼は己の願望を叶える。

 私の腕を掴み上げ、腋を晒す。前から気付いていたが、彼は、腋フェチである。とは言え、腋フェチを頑なに隠してきた。そんな彼を不憫に思い、私は今日、敢えてノースリーブを着てきた。


「いいよ……♡」


 彼は、私の腋にキスをした。私の唇を相手にする時よりも、優しく、ゆっくりと。

 刹那、彼のキスは、ディープキスへと変わった。唇の隙間から現れた舌が、私の腋をねっとりと這う。まるで蛞蝓が這っているかのような気分だが、私は、彼のキスを拒めない。

 緊張と行動で、私の腋には僅かに汗が滲んでいた。きっと、彼は今、私の汗も感じているのだろう。少し恥ずかしいが、それ以上に、私は彼が愛らしかった。

 恍惚とした表情で、夢中に腋を舐める彼を見ていると、恋愛感情を超えて、最早母性さえ抱いてしまう。腋を舐められる感覚を否定し、こんなにも可愛い彼を跳ね除けるなんて、今の私にはできる訳がない。それどころか、私は思わず彼の頭を撫でている。

 酷く愛らしい。酷く愛おしい。

 腋を舐められる感覚と、腋を舐める彼の姿。その両方に私の体は疼き、下品だが興奮してしまう。

 どうやら私達は、初体験を迎えるよりも先に、腋を経由したコミュニケーションに目覚めたらしい。

 だが……存外、悪くはない………………♡

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月と夜 憑弥山イタク @Itaku_Tsukimiyama

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