保健室は、憩いの場!

崔 梨遙(再)

1話完結:2000字

 中学生の頃の話。僕は、子供の頃から胃腸が弱かった。トイレは僕の親友だった。特に大の方の個室。小学校や中学校では個室で休憩時間に用を足していると、


「崔が、う〇こしてるで!」


などと騒がしくなるので、僕は授業中に手を挙げてトイレに行くようになった。授業中に挙手してトイレに行くのは、女子にも見られているので恥ずかしい。だが、静かにトイレで過ごすことが出来る。僕は女子の視線よりも静かなトイレタイムを優先していた。


 ところが、トイレに行ったのに、それでもまだお腹が痛い時がある。ジンジンと腹が痛むのだ。そんな時は、


「お腹が痛いので、保健室に行かせてください」


と言って、保健室で休ませてもらう。保健室で休ませてもらうことは多かった。だが、怒られたことや注意されたことは無い。先生方も僕が胃腸が弱いことを知っていたし、これは不公平かもしれないが、僕のテストの成績が良かったということもあるだろう。素行と成績の悪い生徒が“保健室に行きたい”と言っても、許可されないことがあった。


 保健室には、僕の楽しみがあった。僕は保険医の美紅(みく)先生と会うのが楽しみだった。美紅先生はとても小柄で(多分、150センチ弱だと思う)、彫りの深い美人だった。華奢な身体だが、結構、胸があることは服装でわかった。夏場の薄着の時や、冬場のボディラインがわかるニットシャツ姿でチェックしていたのだ。白衣を羽織っているのがカッコイイ!


「なんや、崔、また来たんか?」

「はい、また来ました」

「またお腹が痛いんか?」

「はい、少し休ませてください」

「ちょっと寝なさい、ここは痛いか?」

「痛いです」

「ここは?」

「痛いです」

「崔、1度大きな病院に行った方がええで」

「え! そんなに重病ですか?」

「多分、腸炎やと思うけど」

「大きな病院、行くのが怖いので」

「ほな、しばらく寝てなさい」



 この時間が好きだった。セパレーターの向こうで、美紅先生がデスクワークをしている。セパレーターがあるとはいえ、2人きりの空間だ。僕は妄想を始める。中学生だから、性には目覚めていたが、まだ性行為のイメージは湧かない。まだAVでさえろくに見ていなかったのだ。同級生の家で、同級生の父親秘蔵のAV(洋モノ)を見て、ショッキング過ぎてパニック寸前になったことがある。その後、国産のAVを見て、何かと違っていたので少しだけ安心した。その程度の知識で性行為のイメージは出来ない。


 だから僕は、美紅との新婚生活を妄想した。仕事から帰る僕を、エプロン姿の美紅が迎えてくれて、


「お帰りなさい! ご飯にする? お風呂にする? それとも私?」


という普通の新婚家庭を想像するのだ。小学校の時も憧れの先生はいたが、中学に入ってからは美紅に憧れていた。


 基本的には腹の痛みがおさまるまで放置だが、時々、気を遣ってもらえる時がある。


「崔、暖かいお茶でも飲むか?」

「いただきます」

「暖めたら、少しよくなるかもしれないからなぁ」


「ああ、美紅先生が淹れてくれたお茶は美味しいです」

「なんで、ニヤニヤしてるん?」

「あ、ちょっと先生との新婚生活を想像していました」

「なんやそれ」

「先生、僕が大人になったら結婚してくださいよ」

「何を言うてるねん、崔が大人になるまで待ってたら、私、オバチャンやんか」

「そういえば、先生って、歳は幾つなんですか?」

「女性に年齢を聞くな」

「じゃあ、あと6年! 僕が二十歳になったら結婚してくださいよ」

「はいはい、わかった、わかった」



 などと言ってはかわされていたが、美紅先生は僕が3年生になる前にさっさと結婚してしまった。僕にはショックだった。美紅が“手の届かない存在になった”と思った。僕は結婚後の美紅の元へ行った。


「先生、結婚したんですか?」

「あはは、ごめん、崔。6年も待たれへんかったわ」

「……」

「どないしたん? 黙り込んで」

「先生が幸せそうなので、何も言えないんです」

「あはは、幸せなのがわかった?」



 僕は絶望した。やがて美紅は産休・育休に入った。僕は更に絶望した。しかし、美紅の代わりに、新卒の長身スレンダー美人の保険医の先生がやって来た。


 僕はまた保健室に通うようになった。長身美人の京子先生。僕は、今度は保健室のベッドで京子との新婚生活を想像したのだった。京子先生とも仲良くなれた。


「先生、5年後、僕が二十歳になったら結婚してください」

「はいはい、わかった、わかった」


 また同じかわされ方だったー!



 同じ学年にも好きな女子はいた。だが、それとこれとは別の話だ。僕は全くモテずに、勿論、京子先生にもかわされ続けて中学を卒業した。



 高校に入ると、保健室には体格のいいオバチャンがいた。保健室は僕の憩いの場ではなくなった。僕は憩いの場を失いながら腹痛と戦うことになってしまった。失ったものが大きすぎたが、中学時代が恵まれていただけだったのかもしれない。



“美紅先生、京子先生、淡い思い出をいただきました。ありがとうございました”







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保健室は、憩いの場! 崔 梨遙(再) @sairiyousai

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