第09話 転生陰陽師は怨霊に出会う


 最近与えられたタブレットで動画や記事を読むのだが、ネットで見たところ、こういう状況のことを現代では「親ガチャハズレ」と言う……親からすれば子供をガチャのように引く……子ガチャと言ったところだろう。


「では出発します。」


 微かにエンジンがうなり、緩やかな加速で車は駐車場を出発し、道路を走る。

 チャイルドシートから身を乗り出すようにして、久しぶりの外の景色を眺める。

 旧市街地とでも言うのだろうか? 車一台しか通れないほど道幅は狭い。


 車は右折し旧市街地から新市街地に入ったようで、一気に道幅は広がり道路脇の民家は、鉄筋コンクリート製のビルに変わった。

 千年前の都であれば牛車一台通れれば十分広い道だった。しかしこれだけ自動車が多い時代では狭いとしか言いようがない。


 牛車に比べ足が速く乗り心地も良い。

 さらにこの車は国産と言うのだからなんだか気分が良くなった。


 父は『七五三』と呼ばれる祭事を大ごとにしているようだ。

主家である徳川家発祥の祭事だからと言うのもあるらしい。

 なんでも吉田家は江戸幕府の時代に天文方と言う、陰陽師の仕事を奪いやがった部署で、天文方頭を三度務めた名門であるようだ。


 『七五三』が行われる旧暦の11月15日は、鬼宿日きしゅくびと呼ばれる吉日で病魔を運ぶとされた鬼(禍津日マガツヒ)の動きが鈍くなるため、霊的にも肉体的にも弱い子供が氏神や祖神へ感謝の祈りを捧げるのに最も適した日と言えるのは、間違いない。


征夷大将軍よりも帝の方が偉いんだけど! 敬えよ! 朝廷を勝手に政治してんじゃねぇよ! 大将軍って言っても最高でも正三位・大納言で、最低で従四位だろ! これだから下級貴族か田舎の蛮族は……まあ播磨の守は従四位だけど……


調べてみるか……


 与えられたタブレットで調べてみる。


……は? 出自の怪しい武士しかも三河国の田舎侍風情が従一位だとふざけるな! って……俺が死んだ後の征夷大将軍には准三宮(太皇太后・皇太后・皇后の次に偉い)がいれば正二位とか普通にいるんだけど……あ、でも従五位下がいる。朝廷の権威も落ちたもんだな……それにしても徳川家はさぁ清和源氏→朝臣賀茂→藤原→清和源氏と代や時期で氏姓をロンダリングしやがって……節操ないのかよ! 氏神や祖神を大切にしろよ。



 外の世界に早くも飽きた俺は、いつものようにタブレットと睨めっこするのであった。


そんな話を訊きながら物思いにふけっていると……


『はは、ははっは、は、はっ……』


 奇妙な音が聞こえた。車の音ではなく、人間が発する生気のない声だった。

 その声は、男のようにも女のようにも子供にも老人のようにも聞こえ、「は」と表記したものの、その表記が正確なのかさえもわからない。

 まるで音声ファイルが壊れた動画を見ているようだ。


「あなた……」


「ああ、怨霊だ」


「車の外装には真言を刻んであります。ウォッシャー液には聖水を使用し、ワイパーブレードは倶利伽羅剣を模しています。タイヤとホイールは摩尼マニ仕様ですので、護法装甲には及びませんが防御は万全です! 再び百鬼夜行スタンピードが起こっても、ある程度耐え忍ぶぐらいはできます!」


移動要塞ようさいみたいね……」


「やりたいことをやり残して死んだり、強い霊力がある人間が恨んだりするとなる存在だ。早く浄化して輪廻の輪に帰してやらねば……」


 『怨霊』とは、死霊や生霊の中でも怨念が強く人に害を与えるもののことをいう。人や土地、建物や物品など物質的なものに執着し、近づく者に対して無差別に害を成す残留思念のようなもので、現代で日本三大怨霊として名高い『平将門』や彼に神託を下した『天満天神・菅原道真』がその中でも有名である。


「かえさないとどうなるの?」


「格の低い魂の状態で現世に留まると、約四百年で自我を保てず消滅し二度と輪廻に帰ることができなくなる」


「……」


知らなかった……俺が生きていた時代の四百年前と言うと……最初の元号である『大化元年(645年)』よりも以前の第32代崇峻すしゅん天皇の時代になる。

以前気になってスマホで調べた時の記憶によれば、日本の人口が1,000万人を超えたのは江戸時代(1600年)頃で、俺が生きていた平安時代は7~800万人程度。

少し前まで約一億三千万人もいたのだから今の方が禍津日マガツヒを見る機会が多いことに納得できた。


「明りに群がる蛾のように高い魔力に引き寄せられたのだろう……それにしても都市結界の質が悪いようだな……」 


 父は一枚の呪符をポケットから取り出した。

 どうやら禍津日マガツヒを祓うつもりのようだ。


「おれにやらせて!」


呪符じゅふは危険なものだ。子供の遊び道具ではない」


「でも……」


「でももだってもあるか、呪符じゅふは神仏への信仰心を記したもの、神仏への崇敬の念がなければ十分な効力を発揮しない」

「……」


 そんなこと言われなくても分っている。

 変な子供と思われるかもしれない。

 しかし冥府の王より授けられた魔力チカラを試してみたいという思いが強かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る