オタサーの王子化まであと5日
「だったら、やるよ。俺に手塚さんの創作をサポートさせてくれないかな?」
というお願いに手塚さんはしばし悩んだのち、
「わかったわ」
と快諾してくれた。
「ありがとう、早速だけど何して欲しいとかある?」
「ええ、あるわ」
手塚さんはそう言って、ノートパソコンを見せてきた。
「これが私の作者ページなの」
画面に映し出されていたのはカクヨムというサイトの『激キャワ萌りん』という作家のページ。ペンネームは置いておいて、彼女がweb小説の活動に熱心なのはここ二日でよく知っていた。
「頑張って毎日更新しているのだけれど、全然人気が出なくってね。伊安君が文化祭までに私の作品を人気にしてくれると思えたら、会長の刺客だとしても受け入れるわ」
そんな無茶な、とは思うけれど、それ以外に俺が文芸部にいる方法はないのだからやらねばなるまい。
ただ。
「どうして文化祭までに人気にならないといけないの? 別に将来的に人気になるって思ってくれるだけじゃダメなのかな?」
「駄目。私たちは文化祭の賞のどれかを取らないといけないから」
そう言われて俺は理解した。
文化祭には三つの賞が設けられている。
最も来場者が多い出展に送られる来場者賞、会長が優れた出展だと評価する会長賞、来場者に配られる評価アンケートで最も得票数が高かった出展に送られる最優秀賞の三つだ。
廃部にするつもりの会長賞は論外だから、web小説で人気を集めて来場者賞か出展賞のどちらかを狙うってわけだろう。
「学外からも人は来てもらえるから、人気が出れば足を運んでくれるかもしれないけど」
「そうそう、それが狙いなの」
「……あのさ」
「何かしら?」
「元も子もないこと言っていい?」
「うん」
「多分、三人がメイド喫茶とかそういうのしたら人めっちゃくるよ」
「ええ!? 九九君はメイド好きなの!? じゃあ明日から制服の代わりに着てくるね! ゴスロリメイド服、趣味で一杯持ってるんだ!」
「玲亜、ちょっとジュース買ってきてくれる?」
「えー」
「いいから、ね?」
ずっと黙っていた莉央さんだが一回で騒音判定を受け、部室から摘み出されてしまった。
「話に戻ろっか」
「う、うん」
何事もなかったような手塚さんに、ほんの少し恐怖を感じた。
「勿論、私たちも文芸部としての活動以外で賞を狙うことは考えたよ。でも出展の許可を下すのは会長だから、きっと通らない。そうでなくても文芸部としての活動の延長じゃないと、存在意義がないって考えは変わらない。廃部は免れないと思う」
「まあそっか。じゃあインスタとかで知名度上げて、そこから読者を引っ張ってくるっていうのも駄目? それなら一応、小説を噛んで来てくれることになるけど?」
「駄目。駄目じゃないかもしれないけど、ズルだからやらない」
ズル、かどうかは個人の価値観なので深くは言及しないことにして、ということならば真っ直ぐ人気を集めないといけないのだろう。
「なら真っ直ぐ頑張ろう。難しそうだけど、俺も勉強してきたし、役に立てるよう頑張るよ」
そう言うと、手塚さんは嬉しそうに笑った。
「ありがとう、じゃあ私の小説を早速読んでアドバイスをくれないかしら?」
「勿論だよ」
俺はノートパソコンの前に座り、マウスを操作する。
えっと、どれから読もうかな?
と作品ページを開く。
『金と幻のメビウス』『エルバジェット・ベイルクロー』『逢魔時鬼伝』『殿にリードをつけてお散歩すると海が割れたんだがモーゼの生まれ変わりかもしれない』
面白そうだけど、どれも取っ付きにくいなあ。最近更新された『金と幻のメビウス』でも読んでみようかな。
第一話をクリックして読み始める。
————————
開かれたアタッシュケースの中には大量の紙幣が入っていた。
「この金で俺はマイルドエイトに名称を変えたいと思う」
————————
読むのをやめた。きん、じゃなくて、かね、なんだ。あとメビウスの輪とかじゃないんだ。
いやでも、こんな投げるような読み方するのは失礼か。しっかりと読もう。
次の小説をクリックする。
————————
俺の名前は龍崎勇士。平凡な男子高校生だ。入学式に遅刻しそうだぜ!
「くっ、遅刻しそうだぜっ」
「きゃあ!?」
女の子とぶつかっちまった。入学式に遅れそうだってのに最悪だ。相変わらず、天は俺にトラブルアクシデントを与えるのが好きらしい。やれやれ。
「ちょっとアンタぁ! 謝りなさいよ!」
「パンツ見えてるぜ」
「なっ!? 見ないでよ、変態!!」
「やれやれ。勝手に見せておいてどちらが変態だ」
「どちらでもない。私が変態だ」
「「誰!?」」
「通りすがりの露出狂だ」
おっさんに女の子はひいと声を上げた。仕方ない俺の出番か。
「くらえ! 謎武術キック!」
「痛い! 逃げる!」
逃げていったおっさんと並走する。
「お、追ってこないでくれ!」
「あんた逃げ道が通学路なんだ! 遅刻しそうなんだよ!」
一人取り残された女の子は、
「あの人誰? 強いのね……ポッ」
と顔を赤らめた。
—————
……うん。
「どうかな? 伊安君?」
「えっと、ギャグとかコメディ小説は人気になりづらいから、違うジャンル書くことを視野に入れてみない?」
「ギャグ小説じゃないんだけど」
「あのじゃあ、無理です」
俺は早々に折れた。
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