オタサーの王子化まであと6日(二)

 鍵を開け中に入ると、当たり前だが無人の保健室。


「驚いた? この時間、職員会議でせんせーは職員室にいるんだ」


 ほいほいとついてはきたが、保健室に連れてこられたり、なぜ鍵を持っているかだったり驚いていることばかり。だけど、この時間は急患が出たら職員室と口すっぱく言われているので唯一そこだけは驚いていなかった。


「あ、違う? もしかして保健室の鍵を持っていることに驚いてたり?」


「うん」


「あーそうだよね。やっぱ変だよね。でも、私こんなだから……」


 顔に影を落とした莉央さん。美少女の悲しげな顔に今までのことは飛んで、ただただフォローしないとと慌てる。


 莉央さんの見た目は地雷系。よくあるイメージでは、メンタルに問題を抱えている。きっと彼女もメンタル不調で保健室をよく利用するのかもしれない。先生からも逃げ場として特例で鍵を預けられているのだろう。


「大丈夫、変じゃないよ!」


「そうかな……。やっぱり、教科書運ぶの重たくて、先生に頼んで保健室に置き勉してるのは変だと思うけど」


「ちゃんと変だった」


「ちゃんと変? やっぱり変なの?」


「ああいや! 違うって!」


 慌てて否定する。地雷系のよくあるイメージとして、私〇〇かなあ? と聞くときは大体、『そんなことないよ、よしよし』されたいときである。そこで真実を告げれば裏垢で一日中悪口をつぶやいたり、肯定されるまで泣き喚くイメージが多々あるから絶対やってはいけない。


「そっか! 良かった! そうだよね!」


 嬉しそうに笑う莉央さんに、俺は内心胸を撫で下ろす。


「変って言われたら、っぱそだよねー、って爆笑する所だった!」


「じゃあ変」


「じゃあ変!?」


「あーいや、で、面接だっけ。面接をしよう」


 そう言うと、莉央さんは思い出したかのように椅子を二つ引き出した。


 それぞれ座り、対面で顔を合わせる。


「じゃあ面接するね。どうして文芸部として入部したいの?」


「会長に言われたから」


「どういった活動をしたい?」


「皆さんのサポート」


「仲間と親しい関係を築くつもりはありますか?」


「出来たら良いけど、全然文化祭まででいい」


「もうすでに全部聞いたんだよね……」


 うーん、と唸ったのちに莉央さんは口を開いた。


「伊安ってどんな人なの?」


「俺?」


「うん、クラスも違うし、よく考えれば接点ないなって」


 文芸部員とは全員別のクラスだ。だから正直俺も彼女らのことを知らないが、彼女らの方が地味な男子生徒を知らないだろう。


 ここは説明すべき、なのだけれど、自分のことは説明しづらい。


「わからないけど、会長が言うにはいい奴らしい」


「いい奴っぽそうな見た目ではある」


「それは褒められてるのかなあ。あと、色々と軽いって言われる」


「まあ昨日今日で部室綺麗にしてお茶菓子用意するんだから、フットワークは軽いね」


「うん。多分そんな感じ。逆に聞いてもいい? どうして莉央さんは文芸部にいるの? 中学はジュニアモデルだったって聞いたよ? 今も凄く綺麗で可愛いし、文芸部に入れ込む理由がわからないんだけど」


「えーと、それは……うん。言わせておいて言わないのは不公平だよね。深いわけがあるんだけど、聞いてくれる?」


 頷くと、莉央さんはゆっくりと話した。


「あのね、私自分に自信がなくて人から愛情をもらったときにだけ、ああ私はこの世に存在していいんだって思えるの」


「そうだったんだ……」


 とは言ったものの、あまりに地雷系っぽい思考で驚きはない。


 だとすると、文芸部にこだわる理由にも想像がつく。


 ジュニアモデルといえば寿命が短いことでお馴染みだ。高校に上がれば、同年代に限らず幅広いモデルと戦わなければならない。そんな激しい競争の中で以前と変わらぬ愛情を受けることはないだろう。


 そんな考えから嫌気が刺し、文学という分野に逃避し、創作で愛を補おうとしているのかもしれない。


「うん。だからね、私は愛されたすぎるの。愛されるだけで私はその人のことをなっ倍も好きになっちゃうの」


「そうなんだ……だったら文芸部に入っている理由は?」


「将来、私が好きになるピが見つかった時に、ピが読みたい小説を書いてあげられるなって」


「そんな理由でツンケンされてたの!?」


「お、怒らないでよ!」


「怒ってはないけど、ツッこまずにいられないでしょ!」


「うぅ、ごめん。でもそれは文芸部にいる理由の1割だから」


「そ、そうだよね。ごめん、冗談に、1割の本音に真面目に突っ込んで。残り9割は?」


「普通に仲良い皆とオタ活頑張るのって楽しいから」


「……それは楽しそう」 


 文芸部にこだわる理由に、めちゃくちゃ納得した。


「私は廃部になるなんて避けたい。面接も厳しく行かないといけないの。だから最終テスト」


 莉央さんは椅子から立ち上がり、ネクタイを緩めベッドに寝転がる。


「ただ保健室を選んだわけじゃない。覚悟を持って選んだの。今襲われても私は何も言わない」


 莉央さんはシャツをはだけさせ、フリルのついた下着を見せてきた。ポーズは明らかに男を誘惑するポージング。下心の有無の確認と分かっていても飛びつきたくなるくらい可憐で色っぽい姿だ。


 まあ飛びつきはしないんだけど、だって俺だし。


「何もしないよ」


「私何も文句言わないけど?」


「色々と事情を差し置いても、莉央さんみたいに可愛くて綺麗な女の子に触れるなんて、健全な男子にはハードルが高すぎる」


「そうなの?」


「うん」


「ふ、ふーん」


「まあでも莉央さんが本気で守りたいって思っていることは伝わったよ。俺にその手伝いをさせてくれないかな?」


 そう言うと、莉央さんは目を丸くしてフリーズした。


 だが、しばらくするとこくりと頷いた。


「ありがとう、九九くん」


「九九くん?」


「先に文芸部戻ってて! 合格だから!」


「えと? わかった」


 気になるけど合格が出たのだからいっか。そう思って保健室を出る。


 この辺が会長に色々と軽いと言われる所以なのだろう。


 ***

(莉央玲亜 視点)


 一人残された保健室。


「莉央さんみたいに可愛くて綺麗な女の子に触れるなんて、健全な男子にはハードルが高すぎる」


 と九九くんは言った。


 私はこう言った。


「うん。だからね、私は愛されたすぎるの。愛されるだけで私はその人のことをなっ倍も好きになっちゃうの」


 と。


 私は人から好意を向けられることは多々ある。それでも不特定多数に向けて愛情をばらまくことがないのは、恋情であっても愛情ではないから。恋と愛の両方を満たしていないと、私は好きにならない。


 九九くんの場合はどうだろう。


 私を可愛くて綺麗な女の子と思ってくれる……恋ポイント+99999


「まあでも莉央さんが本気で守りたいって思っていることは伝わったよ。俺にその手伝いをさせてくれないかな?」


 とも九九くんは言った。


 それは私を思いやっているからこその言葉。


 つまり愛ポイント+99999。


 99999+99999で九九くんの恋愛ポイントは199998。


 そこから導き出される私の恋愛ポイントは


 8752874827898572743835743985732872897527528757582347894728775927723753290758293798252750727584784728789432752457285735782082387


 ポイント。


 ……熱いチョコのような甘い気分になった私は呟いた。


「ピ♡ 見つけちゃった♡」

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