オタサーの王子化まであと6日(一)

 昨日は一旦部活の様子だけを見学して終わり、そして今日。


「何これ、凄い。ピカピカだ」


 部室に入ってきた三人は目を丸くした。


「これ、伊安くんが掃除したの?」


「うん。やれることはやろうって昨日言ったから」


 中央に大きめのテーブルと丸椅子。壁際に各々のデスク。反対方向の壁には書棚。シンクとコンロがある広い文芸部室だが、今朝、昼休み、放課後は早くきて隅々まで綺麗に掃除しておいた。


「え、そんなの、いいのに、ごめんね? でも嬉しい、ありがとう!」


「すご。書棚も作者順に並べてある。あんなぐちゃぐちゃだったのに」


 ありがとう、と目をきらめかせる手塚さんに、ほへーと息をついた莉央さん。鳴川さんは、何かを言おうと口をパクパクさせたあと、への字に結んだ。二人が簡単に靡いたように見えて不満なのかもしれない。


「勿論、これだけで認めてもらおうって思ってるわけじゃないから。昨日帰って、小説の勉強だってしてきたし、浅知恵だけど少しは役立つように頑張るから」


「うーん、そこまで言われちゃうと本当にバツが悪くなってくるねえ〜」


「うん。逆に怪し過ぎて警戒しちゃうんだけど、それが申し訳ないわ」


「じゃあ更に怪しまれちゃうと思うけど、あれ見て」


 と、机の上を指差す。バケットにお菓子とティーパックの袋が盛られているが、これは俺が用意したものだった。


「粉末の珈琲しかなかったのと、お菓子結構減ってたから貰ってきたよ。会長にせがんだらくれたから、気にしないで」


「本当!? すっごく嬉しいけど……ますます怪しい」


「だよなあ」


 いきなりこれだけのことをされたら、やっぱり裏があるんじゃないか、と勘繰ってしまうものだ。


 どうしたものか、と頭を悩ませていると、手塚さんが口を開いた。


「もう信じてもいいんじゃないのかしら?」


 鳴川さんはびくりとし、莉央さんは顔をしかめる。


「そりゃあ私も信じたいけど、今まで下心で入部しようとした男子を何人見てきた? それに会長命令ってのもね」


「でも伊安君から裏があるようには感じないよ」


「それもそう。だから……面接!!」


 ビシ、と莉央さんは胸を指差してきた。


「何の色目もなしに今から面接します。私についてきて下さい」


 そう言った莉央さんに腕を掴まれて文芸部室から引っ張り出される。


「えと、どこ行くの?」


「面接室。そこで合格なら、何の疑いなく文芸部員として扱う。不合格なら、昨日言ったことは覚えてるよね?」


「会長の刺客だとわかったり! 下心出してきたらすぐに追い出すからね!!」


「真似なくて良い」


 放課後の茜色の廊下を女子に引っ張られて歩く。そんな青春が終わったのは、保健室の前。


「よし。まず最初に謝っとくね」


「何か酷いことされる?」


「しない。けどごめん。昨日から態度がキツかったし、今もこういう試すような真似してること」


「う〜ん、そういうもんじゃないの? 会長からの手先に見えるし、文芸部の人らは入部関係大変そうだし、仕方ないんじゃない? それにまあ偶に学校で見かける莉央さんは、こんなツンケンしてないし、文芸部を守るために気を張ってるんでしょ?」


「優しいんだね。まだ面接始まってないけど?」


「本心だから」


「……そっか。ありがとう、なら色目抜きにって言ったし、普段の私として今から接するね」


 わかった、と頷くと莉央さんはカバンをごそごそと漁り、じゃらりと鍵を取り出した。


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