オタサーの王子になった経緯
———1週間前
「伊安九九。生徒会室に呼び出された理由はわかるな?」
生徒会長は豪華な椅子に深くかけ、腕を組んだまま俺に問いかけてきた。
「いえ……」
「嘘をつくな」
「その心当たりがなくて……」
「此の期に及んでしらばっくれようなんてな。生徒会長のこの私、
「そんなつもりは全くないんですが……」
「ええい、白々しい! わからないと言うなら教えてやる!」
会長はドンと机を叩いて立ち上がった。
「お前を呼び出したのはオタサーの王子としてサークラさせるためだ!」
「わかるわけがないでしょう!!」
流石に大きい声が出た。
夏休み明け早々、突然生徒会室に呼び出され、全く心当たりのない理由で尋問されたのだ。声が荒いでも仕方ないだろう。
「なぜわからない? この私が君を呼ぶ理由なんてそれしかないだろう?」
「わかりませんよ。全く」
「そうか。で、あれば、謝罪しよう。ごめん」
「ええ……」
あっさり謝るんだ、と拍子抜けする。
生徒会長はこの学園の理事長の娘。そして運動、学業において日本屈指の実力の持ち主。天才と言われる方々は、どこか浮世離れしているものなので、俺が大人気なかったのかとすら思う。
「というわけで、早速今日から文芸部に入ってもらう」
「いや全然わかりませんけど」
「どうしてだ? 私がサークラしたい部活動なんて文芸部しかないだろう?」
「知りませんし」
「ふむ。ならば、私が悪い。ごめん」
何だろう、酷く馬鹿にされているような気がしてならない。事実、会長に比べたら俺は馬鹿なのだろうけど。
「では君にわかりやすく話してあげよう」
サークラなんてどういう事情があろうとしたくないので別にいいです。
そう言う前に会長は話し始めた。
「この学園の生徒会長であり、卒業後に理事を継ぐ私は、学園のことを任されている。備品の発注、工事や業者の選択、イベントの開催、各種費用の調整等々……おい聞いているか?」
「聞いてますよ」
聞き流していたけど、相槌くらいは打つことにする。
「ならいい。そういうわけで多岐にわたる私の仕事の中には、学校の宣伝も入っている。文芸部が廃部になれば、スターを本来いるべき場所に帰し、各々の分野で好成績を収めてもらい対外的にアピールすることが可能だ」
「あー、文芸部の人たちは凄いですからね」
バレー界の王子様と呼ばれた鳴川来春。
ホテルシェフの娘で創作料理でグランプリ受賞経験のある手塚奈々。
超人気ジュニアモデルとして活躍していた莉央玲亜。
文芸部の人たちとは関わりがないが、それでも知っているくらいに有名だ。
「そう。だというのに、彼女たちは文芸部として何の成果も出せないままだらだらとしているのが現状だ。ならいっそ廃部にしてしまい、彼女たちにはもっと相応しい場所で活躍してもらおうという算段だ」
それが文芸部を廃部にしたい理由か。でもそれなら俺はやはりサークラなんて真似できそうにない。
彼女たちが文芸部に所属する理由は知る由もないが、勝手な都合で彼女たちのしたいことを奪って良いはずがない。
「会長の意見はわかりますが、そんな理由で廃部にするだなんて許されませんよ」
「落ち着け、伊安九九。あくまで個人的にそう思うというだけの話。むしろ生徒の自主性を発揮できる快適な環境を作り上げることが会長としての命題だ」
「ならどうして廃部に?」
「会長として、普通に三人だけの部活に他と同等の部室と部費を与えるのは容認できない。それにあいつら名前が売れてるし顔が良いせいで、文芸部に入りたい生徒も気後れして入れなくなってる。中途半端に力入れて活動してるせいで、女目当ての男子生徒の入部も断ってるし、三年間三人のままは確定だ。まじふざけんな」
「う、うーん……」
「会長としてちゃんと文芸部をやりたい生徒が入部できないのは看過し難い。一学期から注視しているが結果を出す兆候すら見えないので個人的にも看過し難い。そんな文芸部を残す必要がどこにある?」
「……まあ、話はわかりますけど。じゃあ会長が廃部にすると伝えれば良い話では?」
「もう言った。文化祭で上位入賞しなければ廃部だとな」
「なら俺がサークラがどうのという話はなんです?」
「結果的にサークラにしかならないからそう言っただけ。元々、サークラ目的で君を選んだわけじゃないんだ」
「はあ」
「廃部にしたいことに変わり無いが、それは会長の仕事ではない。あくまで生徒の頑張りを応援することが仕事だから、君に彼女らの手助けをしてもらおうと考えていた。さすれば、文化祭で上位を取れる可能性が0%から10数%に上がり、無理な要求というわけでもなくなるからな」
「はあ」
「だが私は思い直した。君はこの私と普通に話せるくらいの良い奴だ。きっと彼女らは君に惚れるだろうし、サークラすることは間違いない。ならば『サークラで空中分解したら、わざわざ文芸部を廃部にして再設立する手間が省けていいじゃん』と思い至ったわけだ」
「はあ」
「そういうわけで伊安九九。文芸部に行ってくれるな?」
「やです」
至極当然に言うと、会長は目を丸くした。
「意外だな。断るとは思っていなかった。だが、私は土須乱歩鈴。完全無欠の生徒会長、こうなることも予測していた」
ぴら、と紙を見せてくる会長。
「何ですか、これ?」
「契約書だ。君が文化祭までの間、文芸部に所属してくれたら、君と来年入学するであろう妹さんの学費を援助しよう」
会長から渡された紙を読み込む。どうやら本当みたい。
「文芸部員が自分の場所で活躍をしてくれれば、それくらい簡単にペイできる。そうでなくとも学業の傍ら会社をやっている私にとっては端金に過ぎないしな。どうだ? winwinな取引だと思わないか?」
「そうは思いますけど……サークラさせるくらいなら俺はしません」
「私が頼んでいるのは文化祭まで文芸部に所属すること。君がわざわざサークラさせる必要はない。私が勝手にそう思っているだけの話だ」
別にサークラさせなくていいなら、アリかもしれない。
そもそもの話。させてくれ、と言われても、出来るようなもんでもない。のんのんと生きてきた普通の男子高校生の俺が、文芸部員の超美少女たち相手に惚れられるなんて、人生何回やり直したって出来そうにもない。
しばし悩んだが、俺は頷いた。
「わかりました、文芸部に入部します」
***
放課後、俺は文芸部の扉の前で深呼吸した。
少しの緊張。だけど別に気負っているわけではない。むしろ期待からくるワクワクに似た緊張だ。
会長はああ言っていたけれど、俺が入ったくらいでサークル崩壊なんてするはずがないでしょ。部に入ったからには彼女たちの創作をサポートしよう!
そう思って扉を開ける。
「はじめまして、入部希望の伊安九九で……」
三人から敵愾心が見える表情を向けられて言葉が詰まった。
どうやら歓迎されていないことは数秒で理解した。
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