激重女子ばかりのオタサーの王子になってしまった……

ひつじ

プロローグ


 放課後、窓から差す茜色の日を目に入れるだけで、青春の校舎の木の匂いが漂ってくるようだ。


 しかしながら、文芸部というのは青春といった類のものとは縁遠く、戸棚に飾られた紙の匂いとカフェインを欲した部員が淹れた紅茶と珈琲の入り混じった纏わりつくような匂いしかしない。


 しかしながらしかしながら、全く青春と縁遠いというわけでもない。


 一週間前に新入部員が加入した。錆びれた女の中に迷い込んだ男子だ。


 彼は私が綴った拙い物語に一喜一憂し嬉しい感想を伝えてくれる。国語のテストでもないのに私の意図を探り物語のテーマについて問いかけてくる。作者としては喜ばずにはいられないだろう。


 男とは縁遠い生活を送ってきた私にとって彼と会話する時間は、甘美で至福だ。心底喜び、ときめき、何者にも変え難い快感すら覚える。


 だからこそ私は慕情を今日も募らせる。私も男に恋するどこにでもいる女だと自覚させたのは彼の功罪だろう。


 好きだ、どうしようもなく好きだ。彼の声が聞きたくて、彼の顔が見たくて、走り出したくなるのは毎晩のこと。そんな私の気持ちなど知ったことではないと、毎晩すやすや寝ているのだと思うと憎さまで覚える。


 そんな思考を繰り返していたら沼に沈んでいくように愛は深く深くなってしまう。日に日に彼への恋情が大きくなり自制が効かなくなりそうだ。


 愛しすぎて辛い、つま先からてっぺんまで全てが好き。早く私をその腕で強く荒く抱いて欲しい。肥大する欲情で苦しみ、涙が出そうになる。


 だけど、今日も『面白かったよ』の一言で天に舞い上がり全てを忘れるのだ。



 ———という小説の冒頭を読み終えた俺は、全て忘れてもらうために口を開いた。


「面白かったよ」


「そう? あはは、よかった。結構自信あったんだよね」


 そう爽やかに笑うのは、黒髪ウルフが可愛いボーイッシュな美少女。


 女子校とかでは王子様と呼ばれそうな爽やかな雰囲気。実際、中学はバレーボールで全国大会に出場していて、王子様というあだ名だったらしい。


 ただ身体は肉感的で、ハリのある大きな胸がこれでもかというくらい女子を主張している。中学では高かったであろう160cm台の身長も高校に入ればそれほどでもないので、今はどこからどう見てもエロ可愛すぎるボーイッシュ美少女にしか見えない


 そんな彼女の名前は鳴川来春なるかわ くるは。さっきの小説のヒロインの名が鳴川来夏である。


 ちなみにヒーローの名前は伊安八八。俺の名前は伊安九九いやす くくという。


「おはよー、早いね」


 茶髪のふんわりした美人が部室に入ってきた。


 彼女の名前は手塚奈々てづか なな。大学ミスコン1位からのアナウンサーが既に内定してそうな美人。もしくは歌のおねえさんが似合っていて、本人も高一にも関わらず一人称におねーさんを使うことが多い。


 そんな彼女は学内で人気が高く、綺麗な茶髪を見て天使様と崇める人も多い。ズボラな一面もありそこも大層人気だが、ここ一週間で彼女の抜け目のなさというのを日々感じている。


「奈々が遅いんだよ〜」


「あはは〜ごめんね〜。お姉さん呑気だから。でも来春も呑気じゃない? 学祭に向けての小説、ぷろっとすら出来てないんでしょ?」


「そうなんだよぉ〜、やんないと〜」


 ノートパソコンに向かう姿に、手塚さんは優しげな目をむけてくすくす笑った。


「あ、そう伊安君?」


 思い出しかのように手塚さんは手を叩いた。


「どうかした?」


「お昼にお弁当を持ってきたのを忘れて食堂で食べちゃって、残ってるんだけど食べない?」


「え、いいの?」


「うん。って言っても、コンビニ弁当だけどいい?」


「ありがとう!」


 純粋に嬉しくてお礼を言うと、手塚さんは目をとろんとさせた。が、一瞬で変わり、カバンから弁当を出してくれた。


「手塚さん、ありが……」


 言葉が詰まる。


 何の変哲もないコンビニ弁当のちゃっちいパッケージ。480円のトンカツ弁当というラベルを、立派な伊勢海老の兜がぼこと押し上げている。


「あの、これ、中身……」


「何のことかな?」


 キラキラした天使スマイルを向けられて、追求してはいけない気にさせられる。


「あ、ありがとう頂くよ!」


「うん!」


 弁当を食べ始める。どれも一級品に美味しく、明らかにコンビニ弁当の味ではなかった。


 ただ、だし巻き卵だけは味がしなかった。ありえないことだが、出し抜くという気持ちの表れなのかもしれない。


「ゴミの処分は私がやっておくね」


 食べ終えると空の弁当をさっと手塚さんに奪われる。


「いや悪いよ、流石に」


「気にしないで。世話を焼くのはお姉さんの務めだから。他にも何か困ったことない? あ、食後の紅茶淹れてあげるね」


 犯罪現場の証拠品のように弁当を丁重にしまった手塚さんは、紅茶を淹れに向かった。


 俺は一人になって、ほっと一息をつく。だがそれは束の間だった。


「やっと補修終わったよ〜」


 目を><にして部室に入ってきたのはこれまた美少女。


 彼女の名前は莉央玲亜りおう れいあ


 二次元から出てきたかと見まごうほど可憐な顔には地雷系のメイクが施され、その界隈ではレジェンドと謳われそうなほど似合っている。ピンクと黒のツートンカラーのゆるふわのツインテールが可愛いをこれでもかというくらい引き出していて、勝手に口元がにやけそうなくらいだ。


 ゆるふわのカーディガンに萌え袖、黒のネクタイ、スカートはハイウエスト、と制服も地雷系っぽく着こなしている。短い丈のスカートとニーハイの間に細くて綺麗な太腿が見え、学校指定でない可愛いデザインのローファーもまた似合っている。


 そんな圧倒的に容姿により二人に負けず劣らず人気は高く、特にオタク男子とメンヘラ好きの男子の9割は恋に落ちていると言っても過言ではない。


「ねね、ピ、じゃなくて九九君?」


 莉央さんは椅子を俺の隣に持ってきて座り、ぴと、と肩を寄せてきた。そして可愛すぎる上目遣いで尋ねられる。


「好きピ……じゃなくて九九君ってさ、どんな子がタイプ? 一生尽くしたくて、甘やかしたくて、養いたくて、四六時中ベタベタしたくて、幸せな家庭を築きたくて、すんごい一杯楽しいことしたくて、死ぬ時も一緒で、全肯定したくて、執着心が凄くて、でも彼の幸せが一番で、でもでも嫉妬の炎でメラメラ〜ってタイプの子は好き?」


「ど、どうだろう。炎でメラメラってことは、御三家ならタイプかな」


 目線を逸らすと、カレンダーが目に入った。九月、二週目の月曜。入部してまだ一週間……。


 短期間でどうしてこうなった!?


 俺は内心頭を抱えて、ここ一週間のことを振り返った。




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