第34話 英雄の再誕㉞
「あれはそこまで物騒なものじゃないわ」
「どういうことでやすか? 読んだら発狂頭巾もどきになる『写し』なんて、かなり物騒なもんに思えますがね。そりゃあ、姐さんはいいかもしれませんが、あっしらはそれのせいで」
「お前たちが忙しくしているのは認識しているわ」
刺々しい八の言葉を遮って、空夜は涼やかに微笑んだ。貝介は二人の会話を横目に見ながら首を傾げる。空夜が何を考えているのかはわからないが、発狂頭巾の模倣者を増やす可能性のあることを実行するのは発狂改方の方針にそぐわないように思える。
「あそこに置いてある本は押収した物理草紙の中でも、『写し』の世代がだいぶ進んだものよ」
「というと?」
八が首をかしげる。空夜は会計の列に並ぶ青年を示しながら言葉を続ける。
「例えば、あの男性が持って行ったのは第七世代。つまり『写し』を六回繰り返したものね」
「はあ、それで?」
「そのくらい複写が『写し』が進んでいると、もうさほど危険性はないわ。幻影画で受ける影響と同じくらいよ。せいぜい鏡の前で頭巾を被って、棒を振り回したくなるくらいでしょうね」
「それだって、人前で振り回したくならんとも限らんでしょう」
腕組みを組み、どかりと椅子に身を預けながら八が続ける。
「だいたい、世代と凶暴さに関係があるってんなら、あんな劣化複写をありがたがる連中を見張っても仕方がないんじゃないですかねえ」
「あら、あなたはそう思うのね?」
冷たく輝く空夜の目が八を見つめた。八はすっ、と古本売り場に目を移しながら答える。
「そうなんじゃないですかね」
「ところでちょっと聞いてみたいんだけど、あなたたち物理草紙の『写し』見たことある?」
「そりゃあ、何度かはありますよ」
「俺も何度かは」
八の言葉に追随して貝介も頷いた。確かに最近の奇妙な発狂頭巾の模倣者たちの中には物理草紙を持っている者もいた。模倣者とはすなわち熱心な発狂頭巾の信奉者だ。物理草子を持っていてもおかしくはない。だが、すべての模倣者が持っていたわけではない。もしもそうであれば、もっと早い段階でその危険性に気が付いていたはずだ。
「だいたい、そこまで早い世代の『写し』は見つかってないですぜ」
八の言葉に貝介は再び頷く。
模倣者たちが所持していた物理草子は大半が第六世代、極稀に第五世代が混じる程度だった。凶暴な
「じゃあ、もう一つ聞いてみるわね」
空夜は冷ややかな微笑を崩さずに、言葉を続ける。
「謎の影、いるでしょう? 模倣者を殺して回ってるっていう」
「ええ」
唐突な話題の転換に戸惑いながら、貝介は頷く。物理草子と何か関係があるのだろうか?
「その影に始末された模倣者の中で、物理草子をもっていた人っているかしら?」
「え?」
空夜の言葉に貝介は記憶を浚う。頭部を落とされた首無しの遺体を脳裏に呼び起こす。だが、その遺体の所持品には一冊として物理草子は含まれていなかった。
その奇妙さに気が付かなかったのは貝介たちがそれだけ疲弊していたからかもしれない。首を落とされていたのは一様に重篤な発狂頭巾の模倣者たちだけだったというのに。
【つづく】
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