第32話 英雄の再誕㉜
「『写し』の物理草紙ですかい?」
貝介の言葉を聞き、八は訝し気に眉をひそめた。貝介は再度注文した再帰餅をかじりながら頷いて見せる。
「ああ、そうだ。なにか心当たりはあるか?」
「言われてみれば、模倣者たちがあっしらの情報にない物理草紙を持っていたことがありますな」
「お前も気づいていたか」
「でも、本当にそんなことがあると思うんですかい? 草紙を読んだだけで、発狂頭巾みたいに動けるだなんて」
八は腕を組んで首を傾げた。貝介もしかめ面で頷く。
「だが、事実最近奇妙な動きをする模倣者が増えたとは思わないか?」
「それが、『写し』の影響だと?」
「可能性はある……と思う」
歯切れ悪く貝介は頷く。断言するには情報が少なすぎるように思える。だが、『写し』の存在は状況を説明するのに十分な要素のようにも思える。
貝介の頭の中に、先ほどのヤスケの父親の動きが蘇る。模倣者の武器を奪い刺し殺したあの動き。それは常軌を逸した、正気とは思えぬ突飛な動きだった。
『なにか』が荒事の経験を持たないヤスケの父親に戦闘の技術をもたらしたと考えるのが自然だ。
『なにか』とは何だ?
物理草紙を手にしてから、父親の様子がおかしくなったとヤスケは言っていた。実際、貝介から見ても以前に会った時から父親はずいぶんと変わっているように思えた。
ヤスケの言葉を信じるならば父親の変化のきっかけとなった『なにか』とは『写し』の物理草紙であろう。
父親がおかしかったのは戦闘技術の面だけではない。
貝介は先ほどの父親との会話を思い返す。
あの時の感染するような瞳の異様な熱。あれは、まるで
ぶるりと貝介の身が震える。
――まるで本物の発狂頭巾のような。
「貝介さん?」
「おう」
八に呼びかけられて貝介は我に返った。気がつくと八が顔を覗き込んできていた。
「なんですかい? 急に黙り込んだりして」
「ああ、いや、少し考え事をしていただけだ」
「はあ」
怪訝そうな顔で八が頷く。貝介は咳ばらいをして目を逸らした。
「なんにせよ、調べてみる価値はありそうですな」
「ああ、ひとまず今までに鎮圧した模倣者で登録されていない物理草紙を持っていた者を洗い出していけばよい」
先ほどの父親の様子を思い返しながら、言葉を続ける。あるいは思い返したのは自分自身の感触だったのかもしれない。
「あの物理草紙を読んだ者は、さらに別の物理草紙を求めるようなのだ」
「そうなんでやすか? でも、それじゃあもっと出てきててもおかしくないような気もしますがね」
「それはそうなのだが……」
「面白そうな話をしているじゃない」
涼やかな声が割り込んでくる。貝介は隣の席を見て、目を見開いた。
「空夜さん。いつのまに」
「来たのはついさっきよ。二人ともあんまり真剣に話してるから入りそびれちゃった」
長い脚を組んで椅子に座りながら、空夜は目を細めた。一体どこから聞いていたのだろう。空也の気配は全く感じられなかった。
貝介は呆れた表情を作りながら肩をすくめた。
「まったく、空夜さんには敵わないですね」
「仕事熱心って褒めてるのよ。で、その物理草紙のことなんだけどね」
ぎらり、と空夜の目が冷たく光った。
「むしろ、それを使えば模倣者たちに対処しやすくなったりしないかしら」
【つづく】
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