第23話 英雄の再誕㉓

「なにかあったのか?」

「え?」

 貝介はしゃがみ込みヤスケの顔をのぞき込んだ。驚きの浮かんだヤスケの顔はやはりいつもの無邪気さがないように思えた。

「なんでもない」

 ヤスケは地面に目を落として首を振る。その小さな拳がぎゅっと握りしめられているのが貝介の目に入った。

 貝介は曖昧に唸りながら、頭を掻いた。何を思い悩んでいるのかはわからない。だが、なにか思い詰めているのはわかる。けれどもどうしようもない。本人が言おうとしないのだから。

「そうか、なにかあったらすぐに言うんだぞ」

「なに? その子、貝介クンのダチなん?」

 ぎこちない手つきでヤスケの頭を撫でる貝介に、平賀アトミックギャル美が尋ねた。ヤスケと貝介の顔を交互に見ながら、首を傾げる。

「まあ、知り合いだ」

「へえ、ちびっ子の知り合いがいるとは結構以外」

 平賀アトミックギャル美はにっこりと笑うとヤスケに右手を差し出した。

「ウチは平賀アトミックギャル美。キミは?」

「あ、えっと、オイラはヤスケって言います」

「ヤスケクンか……ヤッちゃんだね」

「あ、あの」

 うんうんと勝手になにやら頷いている平賀アトミックギャル美を、ヤスケが遠慮がちに見上げた。

「うん?」

「もしかして、平賀アトミックギャル美さんって、あの……発狂頭巾の平賀アトミックギャル美さん……ですか?」

「おお! 知ってる?」

「はい、えっと、オイラ発狂頭巾大好きで、あの……発狂頭巾の幻影画も全部見てて、その……一番好きなのは『発狂頭巾対光野勇者子』で……それから、それで」

 ヤスケは興奮に顔を赤くしながら、しどろもどろにしゃべり続ける。

「えーマジで!、めっちゃうれしいや! いつもありがとね!」

 平賀アトミックギャル美もあふれんばかりの笑顔を浮かべて答えた。

「ええ、あ、はい」

「ちょっと手、いい?」

 平賀アトミックギャル美はヤスケに握りしめられたままになっている自分の手を軽く揺らした。改めて自分が手を握っていることに気が付いたのか、ヤスケの顔がさらに赤くなる。

「え、あ、オイラったら、ごめんなさい」

「いいのいいの、でね、熱烈な上客さんにはいいもんあげる」

 解放された手で自分の懐を探りながら、平賀アトミックギャル美はにやりと笑った。

 貝介は怪訝な顔をした。一体何を渡すつもりだろう。初対面の幼子に。

「じゃーん」

 大げさな効果音とともに、平賀アトミックギャル美が取り出したのは小さな人形だった。それは幻影画の中の発狂頭巾の精巧な人形だった。

 ヤスケが目を大きく見開き、感嘆の声を上げた。

「わあ! すごい、発狂頭巾だ!」

 平賀アトミックギャル美は得意げに微笑みながら呟いた。

「『狂うておるのは……』」

『儂か? お主か?』

 不意に、小さな声が聞こえた。これは人形から聞こえた。同時に人形の目がきらりと光った。

「え!?」

「なに!?」

 貝介とヤスケの驚きの声が重なった。平賀アトミックギャル美はなおも自慢げに続ける。

「それだけじゃないよ。こうするとね……」

 平賀アトミックギャル美は人形の腕を折り曲げた。人形が鉈に手を伸ばす姿勢になる。

 平賀アトミックギャル美が指を離す。途端に、平賀アトミックギャル美の手の中で、人形ははじけるように動き出した。無軌道に鉈を動かすような動き。

「す、すごい!」

「でしょ!」

「今のって、『炎轍の決闘』の殺陣でしょ!」

「おお、すげえ! よくわかるじゃん!」

 平賀アトミックギャル美とヤスケの興奮した声が重なる。

 貝介は二人の熱狂についていけず、目を逸らした。

 胸に浮かんだ感情は、呆れと気まずさと、ほんの僅かな悔しさだった。


【つづく】

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