第24話 英雄の再誕㉔
「で、ヤッちゃんはなにか悩んでることとかあるの?」
平賀アトミックギャル美の自然な問いかけに、けれどもピタリとヤスケの表情は固まった。再びヤスケの視線が地面に落ちる。
「『別にお主が何を困っておろうとも、儂には関係のないことだが』」
ふいに平賀アトミックギャル美はヤスケの視線の先に、発狂頭巾の人形を差し出し、軽く左右に揺らしながらしゃがれ声を出した。その台詞には貝介も聞き覚えがあった。
その台詞は幻影画の中の発狂頭巾がよく依頼者に向けて言う台詞だった。発狂頭巾の噂を聞きつけた依頼人が、何か悩み事を発狂頭巾に伝えると、発狂頭巾は決まってそう返す。そのそっけない口ぶりに依頼人は失意のうちに去る。
しかたがないことだ。発狂頭巾は発狂している。どれほど道理を説いて、情に訴えかけても、聞き入れてくれるとは限らない。
しかし、不思議なことに発狂頭巾はなぜかその依頼人の悩みの元凶に巻き込まれるのだ。それは偶然なのか、それとも発狂頭巾が何らかの意図をもってあえて巻き込まれているのか。それは幻影画の観客の間ではその解釈についてしばしば議論になるが、結論が出ることは少ない。
結果として、依頼人の知らないうちに発狂頭巾はその悩みを解決してしまう。
それが幻影画における発狂頭巾の主なあらすじだ。
実際に吉貝がそのような人物だったのか、貝介は知らない。幼い記憶に残る吉貝はむしろ親切な性格だった。もしも、誰かに悩み事を打ち明けられたなら、親身になって相談に乗ってやったのではないかと思う。
だから、今平賀アトミックギャル美が口にした言葉は、あくまで幻影画の中だけの、平賀アトミックギャル美が使っているだけの定番の言葉に過ぎない。
それでも、ヤスケはその言葉を聞いて少しだけ顔を上げた。平賀アトミックギャル美の手の中の発狂頭巾の人形を見つめて、ぽつりと言葉を吐いた。
「おとうの様子が変なんです」
「君のパパってこと?」
ヤスケは小さく頷く。貝介はヤスケの父親の顔を思い出す。気弱そうで、けれども優しそうな父親。あの父親がヤスケを困らせるようなことをするだろうか?
「どう変なの……じゃ?」
平賀アトミックギャル美は人形を揺らしながら尋ねる。
「なんだか、最近目が怖いんです。笑っていても、やたらと目つきが鋭かったり。時々ギラギラと輝いていたり。それに、突然なにもないところに話しかけたり、木の棒を拾って振り回したりするんです」
「なんだと?」
貝介の口から驚きの声が漏れた。そのような現象には心当たりがあった。
「ねえ、ヤッちゃん」
平賀アトミックギャル美も表情を引き締めて尋ねる。貝介と同じものに思い当たっただろう。
「最近、パパの周りで変な草紙を見たりしなかった?」
ぴくり、とヤスケの肩が動いた。それから首が横に振られる。
「ううん、オイラ、変な草紙なんか何も見ていないよ」
「ヤスケ」
貝介はしゃがみ込み、ヤスケの肩を掴むと、その顔を覗き込んだ。
【つづく】
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